大判例

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東京高等裁判所 平成元年(う)45号 判決

本店所在地

東京都新宿区高田馬場四丁目二九番六号

大日ビル株式会社

右代表者代表取締役

加藤年男

本籍

東京都新宿区高田馬場四丁目二九番

住居

同都同区高田馬場四丁目二九番六号

会社役員

加藤年男

昭和一五年二月四日生

右の者らに対する法人税法違反、宅地建物取引業法違反各被告事件について、昭和六三年一一月三〇日東京地方裁判所が言い渡した判決に対し、被告人らからそれぞれ控訴の申立があったので、当裁判所は、検察官山崎基宏出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人中川一及び同酒井憲郎連名の控訴趣意書(二通)に、これに対する答弁は、検察官山崎基宏名義の答弁書にそれぞれ記載されているとおりであるから、これらを引用する。

《各控訴趣意中、事実誤認の主張について》

所論は、多岐にわたるが、要するに、原判示第一の一ないし三の各事実につき、原判決には、以下第一ないし第六で指摘するとおり、それぞれ事実の誤認が存し、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであるというのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査して検討するに、被告人らが原判示第一の一ないし三の各犯行に及んだ旨認定した原判決は、すべて正当として是認することが出来る。所論に鑑み、その指摘する各点について、以下順次検討を加えることとする。

第一新宿ビル株式会社について

所論は、要するに、新宿ビル株式会社(以下「新宿ビル」という。)は、被告人加藤年男(以下「被告人」という。)が昭和五五年に被告人大日ビル株式会社(以下「被告会社」という。)の不動産管理部門を独立させる必要から、同社の当時の本店所在地と同一の場所に本店を置き、資本金九〇〇〇万円を投じて設立した会社であって、組織、事業、財務等全般にわたり、人的・物的に確固とした実体を備えている会社であるのに、これを実体の存しない会社扱いにした点で原判決には事実の誤認が存する旨主張する。

そこで、検討するに、原判決は、量刑の理由に関する説示中において、被告会社が、新宿ビルの名義を借用して不動産売買を行うことにより自社の売上を除外し、あるいは新宿ビルに対する現場管理費、近隣対策費などの名目を用いた架空経費を計上して自社の所得を秘匿した事実、すなわち新宿ビルの名義を用いた取引や経費の支出が仮装隠蔽工作に当たることを指摘しているのみであって、新宿ビルそのものが実体を有しない会社であるなどとは一言半句も述べていないのみならず、かえってこれが実体のある会社であることを当然の前提として右のような立論をしていることは、その判文上明らかである。所論は、原判決を正解しないものであって、もとより失当というほかない。

第二いわゆる「キャッチボール」について

所論は、要するに、被告会社と新宿ビルとの間におけるいわゆるキャッチボールと称される資金の移動は、両会社が単独、分担、共同で事業活動を行う系列会社であることから、その共同で行った事業の利益を分配したものに過ぎず、これを両会社の決算期の違いを利用して被告会社の課税土地譲渡利益を隠蔽するため、被告会社の決算期前に右利益を新宿ビルに帰属させ、新宿ビルの決算期前に被告会社に還流させるという法人税逋脱の手段であると認定した原判決は事実を誤認したものであるというのである。

そこで、原審記録を調査して検討するに、原判決の挙示する関係各証拠によると、次の事実を認めることが出来、これに反する被告人の原審公判廷における供述は、他の関係証拠に照らし、にわかに措信することが出来ない。すなわち、

一  被告会社の代表取締役をしている被告人は、昭和五五年一一月一五日、不動産の賃貸・管理・販売及び仲介業務等を目的とする新宿ビルを設立して、その代表取締役に就任した。そして、新宿ビルは、その本店を被告会社の当時の本店所在地と同一の場所に置いているものの、宅地建物取引業者としての免許を受けておらず、不動産の賃貸・管理に関する業務を行っていたのみであって、その従業員が被告人の指示に基づき、物件の所在する現場に赴くことはあっても、その現場を管理し、あるいは付近の住民対策等について、役務を提供したことがないことは勿論、新宿ビルが本件各犯行期間を通じ、不動産の販売及び仲介の業務を行ったことは一度もなく、ましてや、これらの事実を裏付ける書面などを作成し、これを被告会社との間で取り交わした形跡などは全く存しない。

二  被告人は、従前から架空経費を計上するなどして被告会社の所得を秘匿し、その法人税の逋脱を図って来たが、更に、被告会社を大きく発展させるためには脱税をして裏金を作っておく必要があると考えるに至った。しかし、従前から採用して来た経費の架空計上には限界があって、その方法のみでは裏金作りが十分でないため、次の手段として、被告会社と新宿ビルの決算期が異なっていること(新宿ビルの事業年度は四月一日から始まり翌年三月三一日をもって終了するのに対し、被告会社の事業年度は一月一日から始まり一二月三一日をもって終了する旨それぞれ定められている。)に着目し、この相違を巧みに利用して、まず、被告会社の決算期前にその利益を一旦新宿ビルに移し、その後、新宿ビルの決算期前にその利益を被告会社に移すという方法を採用した上、被告会社の当該各年度における所得金額、特に課税土地譲渡利益金額を圧縮して、両会社の利益を調整することとした。被告人は、このような被告会社と新宿ビルとの間で互いに利益を移転する方法をキャッチボール方式と呼んでいた。

三  そこで、被告会社は、本件各年度における利益を調整して操作すべく、新宿ビルに対し、(1)現場管理費として、昭和五七年三月三日に五〇〇万円を、同年五月二五日に二〇〇万円を、同年六月一一日に一〇〇〇万円を、(2)近隣対策費として、同五八年五月一〇日に五〇〇万円を、同年六月八日に二口合計五〇〇〇万円を、同年一二月一二日に三〇〇万円を、(3)企画設計料として、同年六月三〇日に五〇〇〇万円を、同年九月二日に三口合計一億円を、同年一二月二日に二〇〇〇万円を、同五九年一一月五日に二口合計一億円を、同月一七日に二口合計八〇〇〇万円を、同月二一日に五〇〇〇万円を、同月二六日に二口合計一億円を、同年一二月一〇日に八〇〇〇万円をそれぞれ支払う一方、新宿ビルから、(4)企画設計収入として、同五八年三月一一日に一七〇〇万円を、同年八月六日に一五〇〇万円を、同年九月五日に三口合計八〇〇〇万円を、同五九年一月九日に二口合計四五〇〇万円を、同年二月一四日に二口合計一九〇〇万円を、同年三月五日に二口合計三八〇〇万円をそれぞれ受け取ったが、これらはいずれも実体を伴うものではない。

以上認定した事実に徴すると、被告人は、脱税の意思の下に、キャッチボールと称せられる方式を採用して、実際には取引がなかったにもかかわらず、恰も被告会社と新宿ビルとの間で取引があったかの如く仮装し、現場管理費、近隣対策費及び企画設計料を被告会社の経費に計上する一方、新宿ビルから企画設計料を受け取ったものとして、これを被告会社の収入に計上し、しかも、取引の実体が伴わない上、その多くが被告会社の決算期(経費の計上)あるいは新宿ビルの決算期(収入の計上)に接近した時期に集中して計上されていることに鑑み、これらの計上が架空のものであることは明らかであって、その計上が被告会社と新宿ビルとの共同営業活動に基づく単純な利益分配と評価すべきものとは到底考えられない。

所論は、被告会社において、大江設計グループあるいは取引銀行に対して支払った金員がその経費として認容されていることと対比し、本件キャッチボール方式により新宿ビルに支払われた金員も被告会社の経費として認容すべきものである旨主張する。

しかしながら、関係証拠によると、被告会社が大江設計グループ等に金員を支払ったのは、同グループらが当該不動産取引に何らかの形で実際に関与したためであることに加え、同グループらに支払われた金員が被告会社に返戻されていないことが認められるのであって、取引の実体が存しないキャッチボール方式とは、実際の取引行為に関与している点や、金員の支払われた経緯が異なるので、これと比較すること自体相当とはいえないから、右所論は到底採用出来ない。

また、所論は、本件キャッチボール方式による被告会社の収入及び諸経費は、いずれも公表計上されているから、被告会社の所得を仮装隠蔽したことに当たらず、これを裏金に回した事実もないから、逋脱犯を構成しないと主張する。

しかし、公表計上した収入及び諸経費は、いずれも虚偽架空のものである。そして、虚偽架空の収入を計上すれば被告会社の申告所得金額はそれだけ過大になるから、原判決は、これを減算してその実際所得金額を算出しており、もとより逋脱税額に算入していないことはその判文上明らかである。他方、被告会社が支払ったとする虚偽架空の諸経費については、これを公表計上する行為そのものが、まさしく「偽りその他不正の行為」の典型的場合に該当するのであって、公表計上の故をもって逋脱犯の成立を免れるべきいわれは毫末も存しない。所論は独自の見解というほかなく、もとより採用の限りでない。

第三期末たな卸資産の除外について

(一)  犯意否認の主張について

所論は、要するに、被告人はもとより、期末たな卸資産の除外を実行した萩原光男においても、たな卸除外の手段方法により被告会社の脱税を図る意図は全くなかったのであるから、右の手段による逋脱の犯意を認定した原判決は事実を誤認したものであるというのである。

しかしながら、法人の所得金額を計算するに際し、期末たな卸を除外すると、当該年度における仕入原価がその除外した分だけ増加することになり、その結果、売上利益の減少を来すこととなって、結局、当該年度における所得金額が減少することになるから、期末たな卸を除外することが脱税の手段である所得の秘匿行為に該当することは全く疑う余地がない。しかも、原判決の挙示する関係各証拠によると、被告人及び萩原光男は、被告会社の税務申告をするに当たり、架空経費等を計上するなどの方法により脱税をして来たが、被告会社の昭和五七年一二月期以降における売上利益が飛躍的に伸びたので、右のような方法を用いても、なお相当の利益が生ずるため、本件各申告期が近付いたころ、萩原が被告人に対し、被告会社の申告所得金額の計上について相談したところ、被告人は、ある程度の計上はやむを得ないものの、利益を調整してなるべく申告所得金額を少なくしようと考えていたので、萩原に対し、具体的な指示こそしなかったが、利益調整の方法については一任する旨伝えたこと、そこで、萩原は、期末たな卸資産を除外して利益調整を図るため、手元に保管して置いた現場別工事台帳(工事原価明細書)から除外する物件を探し出した上、これを除外して残った物件のみを各期末のたな卸資産に計上すべく、その旨を記載した書面を経理事務所に届けたところ、その届けに従って本件各期の期末たな卸高が計上されたので、結局、昭和五七年一二月期については一億一三四五万五九六〇円の、同五八年一二月期については五億八三八五万五九六〇円の、同五九年一二月期については六億四〇三九万六三六二円の各たな卸高が計上除外されたこと、しかも、被告人は、本件各期の税務申告に際し、右のような方法で利益調整を図った結果に基づき、本件各確定申告書が作成されたものであることを十分承知しておりながら、その法人税確定申告書に被告会社の代表者として署名押印した上、これらを所轄税務署長に提出したことが認められ、これに反する原審公判廷における被告人の供述は、捜査段階における被告人の供述や他の関係証拠に照らし、にわかに措信することが出来ない。

なお、所論の援用する萩原光男の検察官に対する昭和六二年六月一八日付供述調書中には、「期末たな卸の除外という利益隠しのやり方についての私の認識をお話しておきます。期末たな卸除外は根本的な脱税方法ではありません。要するに、ある期でたな卸を除外して利益を落としたとしても、いずれその物件が売れたときには本来より余計に利益が出てしまうという性格のものです。ある期でたな卸除外をして翌期に除外した物件が売れると原価がなくなってしまっていますからそのまま目をつむって余計な税金を払ってしまうか、または売れた期の原価を認めてもらうためにたな卸除外をした期について修正申告をするかということになってしまうわけです。いわばたな卸除外は利益を先に繰延して先送りするものといえます。ですから私としては売れたときに考えればいいやという軽い気持ちでたな卸除外という方法を採ってしまったのです。」との記載があるが、右記載内容自体から窺われるように、同人は、期末たな卸の除外が当該事業年度の所得秘匿行為に当たることは十分知悉した上で、ただ、翌期には除外した分の売上原価がなくなるから、その分だけ所得が増加することになるという至極当然の事理を述べているに過ぎず、売上の立った事業年度に計上すれば脱税にならないなどという児戯に類する認識を示している訳ではない。

以上の事実に照らすと、萩原光男は勿論、同人にその方法を一任して利益の圧縮を指示した被告人も、本件期末たな卸除外による所得秘匿、ひいてはその結果としての税の逋脱につき犯意を有することは明らかであり、原判決に所論の事実誤認はない。

念のため付言すれば、たな卸除外を単年度で取り上げることへの疑問や修正申告に関する所論は、法人所得の年度帰属や逋脱犯成立の既遂時期を無視した弁護人独自の見解であって、到底採るを得ない。

(二)  たな卸資産であることを争う主張について

所論は、被告会社が新宿区二丁目等の物件を購入した目的は、将来周辺全部を取得した上、被告会社の本社ビルを建設するためであり、その他のマンション等については社員寮等として使用するためであって、いずれも入手当時から他に転売する意図は全く存せず、現に被告会社において右物件を所有し、かつ、その目的に従って使用しているのであるから、これらの物件はたな卸資産には該当しない旨主張する。

しかしながら、関係証拠によると、被告会社は、本件各年度において、除外した期末たな卸資産を取得した際、土地・建物等の固定資産に計上せず、いずれも仕入に計上していること、東京都新宿区新宿二丁目一三番一八号所在の第五スカイビルは、これを解体し更地にした上で売却しようとして購入したものであり、同所二丁目一三番一一号所在のライオンズマンション及び同都練馬区高松六丁目一二番五号所在のライオンズガーデン石神井公園マンションは、いずれも被告会社が一旦取得した後、これらを大京観光に売却したところ、大京観光においてこれを完売することが出来なかったため、その売れ残り部分を被告会社が買い戻したものであること、そのうち昭和五七年九月一日に取得した新宿二丁目所在のライオンズマンション八〇三号室は同五八年五月九日に加藤道子に売却していることなどが認められる。

以上の事実に徴すると、本件各期において、期末たな卸除外の対象となった土地・建物は、いずれも被告会社が使用する目的で取得したものとは認められず、法人税法二条二一号にいうたな卸資産に該当するものというべきであるから、この点の所論も採用することは出来ない。

第四架空経費について

所論は、要するに、被告会社が本件各事業年度中に、(一)清流社(滑川祐二)、(二)富士開発興業株式会社(代表者藤丸末広、以下「富士開発興業」という。)、(三)加藤電工株式会社(代表者加藤家光、以下「加藤電工」という。)、(四)株式会社新和(代表者加藤健男、以下「新和」という。)及び(五)蕨産業株式会社(代表者坂本正實、以下「蕨産業」という。)に対して支払った各金員につき、これらの金員が現実に支払われていることは勿論、実体を伴うものであるのに、原判決は、被告会社にとりすべて無意義・無意味な支出であって、いずれも被告会社の経費に当たらない旨認定判示しているが、これは明らかに独断的判断に基づき事実を誤認したものである旨主張する。

そこで、右各所論につき、順次検討を加えることとする。

(一)  清流社への支出について

関係証拠によると、被告人は、昭和五二年ころ、銀座の高級クラブで飲食した際、神職の子弟で結成した思想団体である清流社を主宰している滑川祐二と隣り合わせになって意気投合し、以後一緒に食事をしたり、クラブに出掛けて遊興するなど、同人を接待して親しく交際していたほか、同人に対し、年間一〇〇万円ないし二〇〇万円の小遣いを与え、更に、清流社が南洋諸島で戦死した英霊を供養するため遺骨収集団を組織して現地に派遣し、あるいはサイパン島に神社を建造したりしていたので、その活動に共鳴すると共に、その資金として五〇〇万円を寄付したりしていたこと、被告会社が同五八年一一月銀座八丁目の物件を五〇〇〇万円で買い入れ、これを同五九年一〇月二四日に八億一二四六万円で売却したので、課税土地譲渡利益金額が約三億九二〇〇万円も生じたこと、そこで、これを除外すべく、被告人は、滑川に対し、架空領収書の作成方を依頼し、同人に金額を三五〇〇万円とし、その但書欄に「銀座八丁目二一一の八の二占拠者立退代」と記載した同年一一月二七日付領収書を作成して貰ったこと、被告会社は、この領収書を用いて同社の昭和五九年一二月期における外注加工費三五〇〇万円を計上したこと、しかし、滑川は、その領収書が作成された当時、被告会社からは勿論、被告人からも右金員を受け取っていないばかりか、銀座八丁目の物件の取引につき、何らの関与もしておらず、したがって、被告会社から右のような金員を貰う理由がなく、また、右の領収書が脱税に利用されると思ったが、被告人個人から飲食等の接待を受けたり、小遣いなどを貰っていたので、軽い気持ちで右領収書を作成交付したことなどが認められ、これに反する原審公判廷における被告人の供述は、他の関係証拠に照らし、到底措信することが出来ない。なお、所論は、滑川の検察官に対する昭和六二年六月五日付供述調書は別件勾留中に作成されたものであるから、その記載内容は信用出来ない旨主張する。しかし、右書面は原審において同意書面として取調べられている上、その記載内容が他の関係証拠と良く符合していることに照らし、その信用性に疑義を挟む余地は全く存しない。

右認定事実に徴すると、被告会社の昭和五九年一二月期における滑川祐二に対する外注加工費三五〇〇万円は、その支出の実体がなく、明らかに虚偽架空のものというべきである。

所論は、被告人が過去に滑川に対し小遣い銭、海外出張餞別代などとして贈与した諸経費の総額を三五〇〇万円と見積もり、昭和五九年に外注加工費名下に領収書を徴したものであって、原判決がこれを被告会社の交際費、寄付金などとして考察することが出来なかったのは、弾力性、融通性に著しく欠け、経験則に違背すると主張するが、そもそも他の期に属する経費を当該事業年度の損金に計上出来ないことはいうまでもなく、また、前示認定事実に照らせば、これらの支出が被告会社の事業遂行を離れた被告人の個人的な交際費に過ぎないことも明らかであるから、本件外注加工費三五〇〇万円を昭和五九年一二月期における被告会社の経費と認めなかった原判決には何らの事実誤認もない。

ちなみに、会社代表者が会社の資金を個人的用途に支出したときは、代表者貸勘定として支出額相当の債権が会社に残ることとなり、その分は会社の所得に計上される。また、一定の限度額を超えた交際費、寄付金は、税法上原則として損金不算入とされ、当該法人の所得となる(法人税法三七条、租税特別措置法六二条参照)。これは、次項以下の個人的支出や交際費、寄付金が問題となる場合にも共通であるから、念のためここで付言しておく。

(二)  富士開発興業への支出について

被告人は、原審公判廷において、被告会社が宗菊次郎から買い受けた東京都千代田区二番町一〇番七及び同番三三の宅地を整地して売却した際、その土地上に建築されていた建物二棟の解体を富士開発興業に依頼し、その費用として、昭和五九年七月二日に一五〇〇万円を、同年八月二日に一〇〇〇万円を同社の代表者である藤丸末弘に支払ったので、これを被告会社の同年一二月期における企画設計料に計上した旨、所論に副う供述をしているが、右供述は、被告人の捜査段階における供述や他の関係証拠に対比して、到底措信するを得ない。かえって、関係証拠によると、被告会社は、右土地を新宿ビルの名義を用いて購入しているところ、新宿ビルの公表帳簿には右企画設計料を支出した旨の記載がなく、同社の昭和六〇年三月期の法人税確定申告書添付の「土地の譲渡等に係る利益の計算」と題する書面にも、右支出に関する記載がないこと、解体された地上建物二棟の居住者大角春男及び前田光男は、いずれも立退や建物の解体につき、富士開発興業や藤丸らと一度も交渉したことがないばかりか、同社等の名前すら聞いたことがない旨述べていること、被告人は、被告会社の利益操作のため、藤丸に依頼して、金員支払いの事実がないにもかかわらず前記各金額を記載した架空の領収書を作成して貰い、これに基づいて前記企画設計料を計上したものであることなどが認められる。

以上の事実に徴すると、被告会社が富士開発興業に対し、昭和五九年一二月期中に企画設計料として合計二五〇〇万円を支払った事実はこれを認めるに由なく、右金員の支払いが交際費ないしは寄付金に当たる旨の所論は、その前提を欠くものといわざるを得ない。

(三)  加藤電工への支出について

関係証拠によると、加藤電工は、被告人の実弟加藤家光(以下「家光」という。)が群馬県藤岡市において電気工事業及び不動産の仲介業を営んでいた会社であるところ、その経営は芳しくなく、約一億円の借入金を抱えて資金繰りに窮した同人は、被告人に対し、営業資金の援助を求めたこと、実家の後を継ぎ、親の面倒を見ている同人の窮状を知った被告人は、同人を援助しようと決意し、昭和五七年八月六日ころ、被告会社において、東京都世田谷区宮坂二丁目所在の土地の取引につき、被告会社と右土地の所有者らとの間で締結された同年四月二六日付土地売買契約書に加藤電工が立会人として関与した旨を記載させると共に、家光に対し、九〇〇万円を支払い、その領収書には被告会社が加藤電工に対し、土地売買仲介費として支払った旨を記載させたこと、次いで、同五九年一〇月二七日、被告会社において、同都中央区銀座八丁目所在の土地の取引につき、被告会社と加藤電工との間で立退企画コンサルタント委託契約を結んだ旨を記載した同年三月三一日付書面を作成すると共に、被告会社が右土地を買収して売却した際、加藤電工がその売買契約に立会人として関与した旨記載の同年一〇月四日付不動産売買契約書を作成した上、同月二七日、家光に対し、合計四二〇〇万円を支払ったが、その領収書には被告会社が加藤電工に対し、立退企画コンサルタント料として三〇〇〇万円を、仲介料として一二〇〇万円をそれぞれ支払った旨を記載させたこと、しかし、加藤電工及び家光は右各土地の売買に関し、仲介や企画設計に何ら関与していないこと、被告会社ではこれらの各支出を当該各年度の経費に計上して所得申告をしたことがそれぞれ認められる。

以上の事実に徴すると、右各金員は、被告人において、被告会社の事業遂行とは関係なく、家光に対する個人的な資金援助として支出したにもかかわらず、これを被告会社の経費に計上して逋脱を図ったものと認めるのが相当である。そして、被告会社の経費と認められない以上、これを被告会社の交際費ないし寄付金と見る余地のないことはいうまでもない。なお、所論は、被告会社が昭和五六年中に加藤電工に対して支払ったという支払手数料一四四〇万円について云々するが、よしんばそれが被告会社の支出であるとしても、それが年度帰属を異にする本件起訴対象年度の経費となるべきいわれはない。

(四)  新和への支出について

関係証拠によると、新和は、東京都江戸川区西小岩において不動産業を営む会社であるが、その代表者には被告人の実兄である加藤健男(以下「健男」という。)が就任していること、同社の経営が軌道に乗らなかったため、多額の借金を抱えるに至った同人は、被告人に対し、融資の申込みをしていたこと、そのころ裏金を作って土地譲渡益重課税を免れようと考えていた被告人は、健男に融資をする見返りに、新和が被告会社の不動産業に関与したことがないにもかかわらず、これに関与したものとして、新和名義の領収書を作成させて、その領収金額の二ないし三割を支払うことにすべく、同人を被告会社に呼んで、その旨の領収書作成方を依頼し、被告会社が取り扱った不動産取引中、同都中央区新川所在の土地の取引に関し、いずれも企画費の名目で、領収金額を一二〇〇万円とする昭和五七年一〇月二七日付領収書一通を、同じく一八〇〇万円とする同年一一月一日付領収書一通を作成させて、そのうち一八〇〇万円分のみを被告会社の企画設計料に計上する一方、健男に対し、その報酬として六〇〇万円を支払ったこと、次いで、同都杉並区宮前所在の土地の取引に関し、いずれも企画コンサルタント代名目で、領収金額を三六〇〇万円とする同年一一月八日付領収書一通を、領収金額を三〇〇〇万円とする同月一七日付領収書一通を作成させて、これらを被告会社の企画設計料に計上する一方、同人に対し、その報酬として、合計一三二〇万円を支払ったこと、更に、同都港区三田所在の土地の取引に関し、企画費名目で、領収金額を二三五万円とする同五八年二月二四日付領収書一通を作成させて、これを被告会社の企画設計料に計上する一方、同人に対し、同額の報酬を支払ったこと、同都新宿区市ヶ谷薬王寺所在の土地の取引に関し、企画代名目で、領収金額を二五五万円とする同年六月一〇日付領収書一通を作成させて、これを被告会社の企画設計料に計上する一方、同人に対し、同額の報酬を支払ったこと、同都港区芝公園所在の土地の取引に関し、いずれも立退企画コンサルタント代名目で、領収金額を五〇〇〇万円とする同年九月七日付、同月一六日付及び同年一一月一五日付領収書各一通を作成させて、そのうち五〇〇〇万円を被告会社の企画設計料に、一億円を外注加工費に計上する一方、そのころ、同人に対し、三〇〇〇万円の報酬を支払ったこと、健男は、被告人に誘われるまま右各土地の現場に被告人と何度か一緒に出掛けたことがあるものの、同人や新和が不動産業者として、その現場において近隣の居住者らと立退きの交渉をしたこともなければ、右土地に関し企画設計等の仕事もしたことがなく、したがって、被告人から受領した金員はいずれも領収書に記載したような役務の対価としてではなく、単に、被告人が借金に困っている自分を援助するため個人的に支払ってくれたものと認識し、それらの金員を新和の経営資金のみならず代表者個人の債務の返済にも充てるなどしていることが認められ、これに反する原審公判廷における被告人の供述は、その捜査段階における供述とも異なるほか、他の関係証拠に照らし、到底措信することが出来ない。

以上の事実に徴すると、被告会社の新和に対する企画設計料などの金員は、その大部分は実際に支払われていない架空のものであり、一部実際に支払われているものは、被告会社の事業遂行とは無関係に、被告人から実兄である健男に個人的に支払われたものと認められ、被告会社の支出とは認められない。所論寄付金の主張は、その前提を欠く。のみならず、仮に、これが被告会社の支出したものであるとしても、前示の経緯に照らせば、それは企画設計料などの名目による虚偽架空の領収書の発行の対価として支払ったものであることが明らかであるから、いわゆる「脱税協力金」に当たる違法な支出であって、法人税法上の適法な寄付金として認容する余地はない。

(五)  蕨産業への支出について

関係証拠によると、蕨産業は、埼玉県蕨市において板金業を営んでいる会社であるが、昭和五七年九月ころ、事務所を東京都荒川区西日暮里に移転し、その代表者には坂本正實が就任していること、同人は、被告人とは同郷でかつ幼なじみであった関係もあって、以前から被告人の仕事を請け負っていたが、その傍ら麻雀屋をも始めたところ、これが失敗して多額の債務を抱える羽目になったこと、そこで、同人は、被告会社の専務である萩原を通じて、被告人に対し、借金の申込みをしたこと、一方、被告人は、坂本から再三にわたり執拗な借入の申込みを受けたので、いっそのこと坂本に蕨産業名義の領収書を作成させて、その領収書記載金額の一割相当額を同人に支払うことにし、その領収書を用いて被告会社の脱税を図ろうと考え、同人を被告会社に呼んで、その旨を伝えたところ、同人もこれを了承したこと、そこで、蕨産業は、被告会社の取り扱った物件につき、その解体工事、あるいは地中障害物撤去工事などをし、その費用を領収した旨を記載した被告会社宛ての領収書合計一九通(昭和五七年一二月期中に領収金額合計九七一二万六八〇〇円とする七通、同五八年一二月期中に領収金額合計九六三二万円とする七通、同五九年一二月期中に領収金額合計一億一一五〇万円とする五通)を作成して交付したこと、被告会社は、これらの領収書を用いて右各期の外注加工費を計上すると共に、右坂本に対し、領収金額の一割相当の金員を支払ったこと、坂本は、右物件所在の現場に何度か赴いたことがあるものの、本件期間中に蕨産業ないし坂本が右各領収書の但書欄に記載されているような工事を行ったことはないので、同人は被告人から受領した金員のすべてが領収書作成に対する報酬であると認識していたことが認められる。

以上の事実に徴すると、蕨産業が被告会社に宛てて発行した領収書一九通はすべて虚偽架空のものであって、記載内容に見合う金額は実際に支払われておらず、実際に支払われているのは、記載金額の一割に相当する金額のみである。右支払金額は、架空領収書作成の対価としての脱税協力金にほかならないから、これを寄付金として被告会社の損金に計上することが許されないのは、前示新和の場合と同断である。

以上の次第であって、(一)滑川、(二)富士開発興業、(三)加藤電工、(四)新和及び(五)蕨産業に対する各支出の論旨は、いずれも採用することが出来ない。

第五売上除外について

所論は、要するに、(一)東京都杉並区宮前の物件に関する取引につき、被告会社が加藤建材の名義を用いたのは、当時被告会社の業界内における信用が薄かったため、関係取引先から業界内で確固たる信用を有する加藤建材の名義を借用するよう要求されたからであって、これが仮装取引に該当しないことは勿論、被告人に逋脱の故意が存しなかったことも明らかであるのに、加藤建材の名義を借用することにより被告会社に帰属する不動産収入を除外した旨認定した原判決は事実を誤認したものであり、(二)同都千代田区二番町の物件に関する取引主体は、名実ともに新宿ビルであるのに、これを被告会社と認定した原判決は事実を誤認したものであって、これらの誤認はいずれも判決に影響を及ぼすことが明らかである旨主張する。そこで、以下順次検討する。

(一)  東京都杉並区宮前の物件に関する取引について

関係証拠によると、被告会社は、昭和五六年ころ、第一種住居専用地域内にある同都杉並区宮前三丁目五〇〇番一及び同番七の宅地中六三七四・四〇平方メートル(以下「宮前物件」という。)が売りに出されていることを知り、これを取得してマンション建設用地として売却しようと考えたが、その宅地上には約一四名の者がプレハブ住宅や木造住宅を建てて占拠しており、これを退去させるには莫大な費用を要する上、右宅地を売却するためには、国土利用計画法により東京都知事に届出をする必要があること、そして、その届出をした場合、同知事は、届出にかかる土地を売却する際の予定価格が公示価格より高いときは、その価格が公示価格等に照らし、著しく適性を欠くものとして、当該土地売買等に関する契約の締結を中止すべきことなどを勧告出来ること、したがって、不動産業者としては、営業上、右届出を通過させる必要があるが、訴訟法上の和解によって土地に関する権利の移転等をする場合には右届出を要しない旨定められているので、その方法を利用すれば届出規制を回避することが出来ること、同年暮れころに至り、岩波建設株式会社(以下「岩波建設」という。)代表取締役吉川清は、被告人が土地占拠者を立ち退かせてくれるのであれば、その土地を取得して被告会社に譲渡する旨の申し入れをして来たこと、そこで、被告人は、早速調査して検討したところ、土地占拠者を立ち退かせる見通しが出来たので、岩波建設にその旨を伝えて、これを実行に移すこととし、同五七年二月ころ、本格的な立退交渉に入ったが、その交渉に当たり、関係者の説得を容易にするため、マンション建設用地として買収することを伏せ、表向き資材置場用地として買収する旨の説明をする方が得策であると判断し、加藤一夫(被告人の実兄)の経営する加藤建材が建設資材の仕入、販売、取付業等を行っており、しかも、業界において実績と信用もあったので、加藤建材の名義を用いれば、右土地の買収目的を明らかにしないですむと考えたこと、そこで、被告人は、兄一夫に対し、その旨を説明して、謝礼一〇〇〇万円を支払う約束の下に加藤建材の名義貸与方を申し入れ、同人の了承を得たこと、その後、被告人は、「加藤建材開発部長加藤年男」と印刷した名刺を作成し、関係者と買収交渉をする都度その名刺を使用して、加藤建材が土地買収の当事者であるかのように装い、被告会社がその任に当たっているような素振りは全く示さなかったこと、その結果、加藤建材は、同年三月六日、右土地を岩波建設から二一億〇六四六万五五〇〇円で買い取り、同年六月七日、右土地を二三億一三六三万八〇〇〇円で藤和不動産株式会社(以下「藤和不動産」という。)に売却した旨の契約書を作成したこと、なお、右契約を締結するに当たり、国土利用計画法の届出規制を回避するため、加藤建材は、藤和不動産との間で、同社から昭和五七年三月一三日に五億円を借り受けたので、その支払義務があることを認め、その支払いに代えて本件土地を二三億二六一三万三〇〇〇円と評価し、その所有権を同会社に一括譲渡して引き渡す旨、訴訟上の和解を成立させたこと、加藤建材は、右の各契約に当たり、契約書等の書類作成や売買代金の取り次ぎに関与し、その報酬として一〇〇〇万円を受け取ったものの、売買交渉には一切関与していないことは勿論、資金の手当てもしておらず、単なるダミーに過ぎないこと、以上のような経過で、加藤建材は、藤和不動産から右土地の売買代金として二三億一三六三万八〇〇〇円を受け取ったが、これは岩波建設から仕入れた代金等に充当されたこと、被告会社は、藤和不動産から右売買代金のほかに、一億九二八〇万円を受け取っており、これが右土地に関する純売買益であるにもかかわらず、土地譲渡益重課税を免れるため、その名目を企画コンサルタント料として計上したこと、したがって、右土地に関する売上除外は合計二五億〇六四三万八〇〇〇円となることなどが認められる。

以上の事実に徴すると、宮前物件に関する取引につき、その契約書には、岩波建設から右土地を買収して、これを藤和不動産に売却したのは、加藤建材である旨記載されているけれども、その買収交渉、資金の手当て、売買益の取得等に鑑み、取引主体は被告会社であることが明らかであって、加藤建材は、被告会社に名義を貸与し、その報酬として一〇〇〇万円を取得したに過ぎないにもかかわらず、被告会社は、土地譲渡益重課税を免れるため、その取引主体が加藤建材であるかのように仮装して、被告会社の売上計上を除外したことは明らかであるから、その衝に当たった被告人が逋脱の意思を有していたことも優に肯認することが出来る。

なお、所論は、原判決が右物件の取引に関し、被告会社が加藤建材に支払った企画設計料三五〇〇万円を架空の経費と認定した点を論難し、これが架空であることの証拠がないと主張する。しかし、検察事務官大竹利忠ほか一名作成の昭和六二年六月二二日付捜査報告書(記録第二冊一七二丁の一以下、特に同丁の三六、四四)によれば、被告会社は、宮前物件の譲渡代金の一部を企画設計料収入として公表計上する一方、加藤建材に対する企画設計料三五〇〇万円を架空計上したとされており、被告人は、原審第一回公判廷において右の点を含め、公訴事実をすべてそのとおり間違いない旨陳述し、右捜査報告書を証拠とすることに同意しているのである。そして、加藤一男の検察官に対する同月一三日付供述調書(記録第八冊一七二丁の一一九八以下)によれば、同調書末尾添付の資料〈3〉「宮前3丁目のメモ書写し」に記載された入出金のうち、実際に入出金のあったものを具体的に列挙した上、本件三五〇〇万円を含むその他の入出金の記載は、請求書や領収書のやり取りをしただけである旨、その架空であることを認める供述をしており、同一の物件の取引に関し、一方で企画設計料を受け取った当事者が、同じ相手方に対し企画設計料を支払うことの不自然、不合理さを併せ考慮すれば、右捜査報告書及び供述調書の記載は十分信用するに足りるものというべきである。してみれば、本件三五〇〇万円の企画設計料を架空経費と認定した原判決に所論の誤認はない。

以上のとおりであるから、宮前物件に関し、被告会社の売上除外を認めた原判決には所論のような事実の誤認はないというべきである。

(二)  東京都千代田区二番町の物件に関する取引について

関係証拠によると、被告会社は、昭和五六年五月二九日、宗菊次郎から同都千代田区二番町一〇番七及び同番三三所在の宅地(底地)二一四・一九平方メートル(以下「二番町物件」という。)を代金二〇〇〇万円で買い入れた後、同五八年六月二三日、その土地上に存する建物に居住していた前田光男から、借地権付建物を買い入れ、更に、同五九年三月一五日、同じく右土地上の建物に居住していた大角ふみ子からも、借地権付建物を買い入れて、これらの建物を同五七年一月から同五九年七月までの間、同人らに賃貸していたが、同年八月一〇日に至り、マンション用地に仕上げた右土地を大倉事業株式会社(以下「大倉事業」という。)に四億二〇一二万円で売却したこと、被告会社は、右土地を買収するに当たり、以前その付近の土地を買収して、マンションを建設した際、付近の住民から猛烈に反対されたことがあったため、同様のトラブルを防止するには右土地を迅速に買収し、かつ、同一の不動産業者であることを明らかにしないでおく必要があったことから、右土地の買収のみならず売却についても、新宿ビルの名義で行い、かつ、各契約書にも売買当事者として新宿ビルの名義を記載したこと、右土地に関する取引につき、その交渉には被告人が被告会社の代表者の資格で当たったことは勿論、資金の手当てをしたのも被告会社であること(新宿ビル名義で借り入れた三〇〇〇万円のうち二〇〇〇万円が底地購入代金に充てられているけれども、その借入名義を新宿ビルとしたのは、金融機関から実績を作るためにも、融資を受けて欲しい旨の要望があったことや、資金手当てをすべて被告会社で行うと、国税当局から新宿ビル名義とした取引の主体性について疑問を抱かれることを心配したことなどによるものであって、それ以外に新宿ビルが負担したものはない。)、しかも、右土地の売却代金は、一旦大倉事業から新宿ビルに支払われているものの、その後、その売却代金の一部三億一〇〇〇万円が新宿ビルから被告会社へ企画設計料等の名目で移し替えられたので、結局、被告会社としては、二番町物件の取引により、その土地の売上代金と企画料等の名目で移し替えられた金員との差額である一億一〇一二万円を売上除外したことになり、その反面、新宿ビルには右土地取引による利益として、計算上約四七〇〇万円しか残存していないことなどが認められ、これに反する被告人の原審公判廷における供述は、被告人の検察官に対する昭和六二年六月一七日付供述調書とも異なる上、他の関係証拠に照らし、到底措信することは出来ない。

二番町物件に関する以上のような事実、すなわち、契約書上、新宿ビルが売買当事者である旨記載されているけれども、右土地を買収し、これを売却するに至った経緯、態様、新宿ビルの名義を用いた動機、資金の調達、売上代金を企画設計料等の名目で被告会社に移し替えられていることなどに徴すると、右土地取引につき、新宿ビルは被告会社に対し単に名義を貸与したに過ぎず、その取引を行ったのは被告会社であると認めるのが相当である(もっとも、新宿ビルは、右土地の購入代金の一部を工面し、あるいは右土地取引により、計算上利益を得たかの如き外観を呈しているが、被告会社と新宿ビルとの間でキャッチボールの方法により利益操作をしていることに照らし、これらの事実のみをもってしては、新宿ビルがその取引の主体となったものとは到底認められない。)。したがって、被告会社としては、右土地取引を新宿ビルが行った如く仮装し、その売上を除外したものというべく、しかも、その譲渡利益を土地譲渡益重課税の対象とはならない企画設計料等の名目で計上していることに鑑み、被告人が右土地取引による被告会社の所得を逋脱する意思を有していたことも明らかである。

なお、所論は、二番町物件から生じた賃料収入は、新宿ビルに帰属するにもかかわらず、これを被告会社の収入と認定した原判決は事実を誤認したものである旨主張する。しかしながら、すでに説示したように、右土地を買い入れたのは被告会社であるから、これを売却するまでの間に大角らに賃貸した賃料も、被告会社の収入となることは極めて明白であるというべきである。

以上のとおりであって、二番町物件に関する取引につき、被告会社がその売上を除外し、かつ、その賃料収入が被告会社に帰属する旨認定した原判決には所論のような事実の誤認は存しない。

第六受取手数料及び企画設計収入の除外について

所論は、要するに、株式会社大江建築設計事務所(以下「大江事務所」という。)及び同事務所の関連会社である有限会社大総(以下「大総」という。)並びに北拓開発株式会社(以下「北拓開発」という。なお、右の三社を総称して「大江グループ」ともいう。)から手数料及び企画設計料を受け取ったのは新宿ビルであって、被告会社ではないにかかわらず、これらの手数料等を被告会社が受け取った旨認定した原判決は事実を誤認したものである旨主張する。そこで、以下順次検討することとする。

(一)  受取手数料について

まず、受取手数料について検討するに、関係証拠によると、被告人は、昭和五一年ころ、大江事務所の代表者である大江哲也と知り合い、以後被告会社や大江グループの不動産取引につき、互いに情報を提供したり、相談に乗るなどして、それぞれその報酬を支払っていたこと、被告会社は、大江事務所が行った虎ノ門の物件などに関し、不動産取引の相談に預かるなどして、同事務所から手数料を受領することになったが、被告人は、被告会社の営業が極めて順調に推移し、多額の利益が生じたため、それに伴い多額の法人税を納入しなければならなくなったので、これを免れるべく、大江哲也に対し、これらの金員を一旦新宿ビルに支払ったことにし、その趣旨の経理操作をして欲しい旨依頼し、同人にその了承を得たこと、その結果、同事務所から新宿ビルに対し、いずれも手数料の名目で、同五七年一月二九日に二〇〇万円が、同年二月二二日に二口合計一二〇〇万円がそれぞれ支払われたこと、その後、被告会社では、右金額を新宿ビルからの受取手数料の名目で同年一二月期の所得に公表計上したこと、一方、被告会社では新宿ビルに対し、同年三月一一日から同月三一日までの間に四回にわたり、合計四〇〇〇万円の手数料を支払った旨計上をしていたので、税務当局は、右受取手数料と右支払手数料とを通算し、その差額である二六〇〇万円を減額して被告会社の同期における所得金額を計算したことが認められる。

以上の事実に徴すれば、所論の手数料を受領したのは新宿ビルではなく、被告会社と認めるのが相当であるから、これを被告会社の受取手数料と認定した原判決には所論のような事実の誤認は存しないというべきである。

(二)  企画設計料収入について

次ぎに、企画設計料収入について検討するに、関係証拠によると、大江グループは、同グループが取得し、あるいは取得しようとした土地について、被告人に近隣の問題を相談したり、意見を徴したりして仕事を進めて来たので、被告会社に対し、その対価や加藤建材の名義を使用して取引した宮前物件に関する土地保有税の負担金の支払いを余儀なくされたこと、被告人は、右金員を受領するに当たり、前示の受取手数料と同様の理由で、被告会社の法人税を免れようと考え、大江哲也に対し、右金員を一旦新宿ビルに支払うように依頼し、その了承を得たこと、その結果、新宿ビルに対し、昭和五七年一二月期中に、北拓開発から二回にわたり合計一〇〇〇万円が、大総から五回にわたり合計四〇〇〇万円が支払われ、また、同五八年一二月期中に、大江事務所から三回にわたり合計二三〇〇万円が支払われたほか、同期中に、岩崎建設から土地保有税の負担分として二〇〇〇万円がそれぞれ支払われたので、これらの金員は一旦新宿ビルの収入として計上されたが、その後、その収入時期をずらして被告会社に移し替えられ、これが被告会社の企画設計収入に計上されたこと、そこで、税務当局は、その他の企画設計収入として架空計上されていたものと通算した上、被告会社における各期の所得金額を計算していることが認められる。

以上の事実に照らすと、大江グループから企画設計料を受領したのは新宿ビルではなく、被告会社と認めるのが相当であって、これと同旨の認定をした原判決には所論のような事実の誤認はないというべきである。

なお、所論は、右(一)及び(二)の事実について供述した被告人の検察官に対する昭和六三年六月一七日付供述調書は信用出来ない旨主張するが、右調書は、原審において同意書面として取調べられている上、大江哲也の検察官に対する供述調書二通とも良く符合しているので、その信用性について疑いを挟む余地は全く存しない。

以上の次第であるから、事実誤認に関する所論はすべて理由がない上、更に、原審記録及び証拠物を詳細に調査検討してみても、原判決には判決に影響を及ぼすような事実誤認を見出すことは出来ない。

《各控訴趣意中、量刑不当の主張について》

所論は、要するに、被告人を懲役二年六月の実刑に、被告会社を罰金二億円にそれぞれ処した原判決の量刑は、いずれも重過ぎて不当であるから、原判決を破棄した上、被告人に対してはその刑に執行猶予を付し、被告会社に対しては温情ある判決を賜りたいというのである。

そこで、原審記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調べの結果をも併せて検討するに、本件は、被告会社の代表取締役として同社の業務全般を統括している被告人が、同社の業務に関し、(1)同社の法人税を免れようと企て、萩原光男と共謀の上、売上や期末たな卸高を除外し、あるいは架空の外注加工費、企画設計料、現場管理費、支払手数料及び近隣対策費等を計上する方法により所得を秘匿して、昭和五七年一二月期から同五九年一二月期までの三事業年度にわたる実際所得金額の合計額が一六億五三八〇万一四六四円、課税土地譲渡利益金額の合計額が一八億二一二五万円もあったのに、所轄税務署長に対し、所得金額の合計が三億三六七二万七五五四円であり、土地重課税の対象となるべき土地譲渡利益金額は存在しないので、これに対する法人税額は一億一六〇七万二六〇〇円である旨記載した内容虚偽の各確定申告書を提出し、そのまま法定の各納期限を徒過させ、もって不正の行為により同社の法人税合計九億二三一四万八七〇〇円を免れ、(2)法定の免許を受けないで、昭和五九年八月一日ころから同六一年九月三日ころまでの間、前後一八回にわたり、宅地二三筆及び建物一〇棟を代金六八億〇六二〇万六〇〇〇円で買い受け、同五九年七月一〇日ころから同六二年二月五日ころまでの間、前後七回にわたり、宅地一一筆及び建物一棟を代金一一五億二〇九〇万五〇〇〇円で売り渡し、もって宅地建物取引業を営んだというものであって、いずれの犯行も長期にわたっている上、法人税法違反の逋脱額が巨額であることはもとより、三事業年度分を通じた逋脱率も八八・八三パーセントと高率であること(この点につき、所論は、原判決の認定した逋脱額には事実の誤認が存し、そのことを考慮すれば、本件逋脱額が原判決の認定した額の二分の一に過ぎず、また、査察着手前に修正申告をした昭和五七年一二月期及び同五八年一二月期の期末たな卸除外分並びに同期の土地重課税とされたものの法人税本税合計一億七一一一万九〇〇〇円とその付帯税を当時すでに完納していたのですから、これを実質的な逋脱額から控除して量刑判断すべきである旨主張する。しかしながら、原判決の認定した逋脱額に誤りのないことはすでに説示したとおりであり、また、法人税逋脱犯は法定の納期限を徒過したことにより成立する犯罪であって、たとえ査察着手前に修正申告をして、これを完納したとしても、その時期が法定の納期限後である以上、逋脱犯の成否に何ら消長を来すものではない。所論はいずれも採用することが出来ない。)に加え、宅地建物取引業法違反の点に至っては免許を受けずに多数回にわたり反復継続して行うなどしたもので、これらの点のみをもってしても本件は極めて悪質かつ重大な事案であるといわざるを得ない。

しかも、被告人は、被告会社の昭和五三年一二月期における法人税五二〇〇万円を免れたという法人税法違反の罪により、同社と共に起訴され、昭和五七年五月一八日、懲役一年・三年間執行猶予の判決を受けている(同社も罰金一三〇〇万円に処せられた。)にもかかわらず、都心部における地価の高騰を予測し、併せて前の事件で失った信用を回復する一方、不動産業界に生き残り、被告会社を拡大発展させるためには脱税を図り、それによって得た金員を事業資金に振り向けようと考え、右事件の審理中から本件犯行を計画し、その手段として、兄弟等本件犯行の協力者に働き掛けて、脱税協力金を支払う約束の下に架空の領収書を作成させ、これを用いて外注加工費、企画設計料、支払手数料、現場管理費、近隣対策費等多額の架空経費を計上したばかりでなく、なおも莫大な利益を秘匿するため期末たな卸高を除外し、あるいはキャッチボールと称する方法を用いて利益操作を行い、更に不動産取引に他人名義を使用して売上を除外するなど、徹底した所得秘匿工作を講じたほか、国税当局から査察を受け、あるいは検察庁で任意の取調べを受けた段階でも犯行を否認した上、脱税協力者が作成した虚偽の上申書多数を捜査機関に提出して犯行の隠蔽工作に及び、共犯者らと共に逮捕勾留されるに及んで漸く本件犯行を認めるに至ったものであって、本件犯行の態様が極めて計画的かつ大胆巧妙である上、その動機にも何ら酌むべきものが認められない(原判決の説示した部分中、所論が指摘する点を除外しても、本件犯行の動機に何ら酌むべきものは存しない。)ことなどに徴し、被告人らの刑責は甚だ重いというべきである。

してみると、被告人は、本件各犯行を深く反省し、不動産業界から手を引き、将来身に付けている技術を活かし、建築方面で働く決意でいること、被告会社は、株式会社エステートファイナンスから三五億円を高金利で借り入れ、本件法人税のみならず、その他の未納税金約二二億七一九六万円をも納付したこと、本件が新聞等で大きく報道されるなどしたので、被告人らはある程度の社会的制裁を受けていること、原判決の宣告により被告会社の信用が失墜し、取引銀行から取引を停止されたため、被告会社としては営業を継続することが出来なくなり、やむなく整理に入ったが、その整理が終了しても再起は覚束ない状況にあること、被告人は、現在糖尿病、胃潰瘍、高血圧、虚血性心疾患を患い通院加療中であること、その他所論の指摘する被告人らに有利な諸般の情状を十分斟酌しても、被告人に対し刑の執行を猶予すべきものとは認められず、被告人らの前記の各刑に処した原判決の量刑は誠に相当であって、これが重過ぎて不当であるとは考えられない。

なお、所論中には、本件査察の状況や原審における検察官の論告をも論難する部分が存するが、これらはいずれも適法な控訴理由とはいえない。

以上のとおりであるので、量刑不当の論旨はいずれも理由がない。

よって、刑訴法三九六条により本件各控訴を棄却することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 半谷恭一 裁判官 堀内信明 裁判官 新田誠志)

平成元年(う)第四五号

○ 控訴趣意書

被告人 大日ビル株式会社

同 加藤年男

右被告人両名に対する法人税法違反等被告事件につき、弁護人は、左記のとおり控訴の趣意を提出する。

平成元年四月二七日

右被告人両名弁護人

弁護士 中川一

同 酒井憲郎

東京高等裁判所第一刑事部 御中

目次

第一章、事実誤認を主張する背景事情・・・・・・一五一五

第一、被告人側の自認は真意、本意に基づくものではないということについて・・・・・・一五一五

第二、原審検察官の主張した脱税額とその算出根基は本件事案の真相に即したものとは言えないということについて・・・・・・一五二〇

第三、本章の終わりに、付言したい二点について・・・・・・一五二四

第二章、事実誤認の主張・・・・・・一五二六

第一、新宿ビル株式会社について・・・・・・一五二六

第二、いわゆるキャッチボールと称されたことについて・・・・・・一五二七

第三、昭和五七年、同五八年事業年度における期末棚卸除外と称されたものについて・・・・・・一五三〇

第四、架空経費と称されたものについて・・・・・・一五三二

第五、売上除外と称されたものについて・・・・・・一五三六

第六、原判決の各事業年度別の修正損益計算書、修正製造原価内訳書の再修正と脱税額計算書の修正・・・・・・一五三七

第三章、量刑不当の主張・・・・・・一五三八

第一、諸税の完納・・・・・・一五三八

第二、本件査察等の実情・・・・・・一五三九

第三、逋脱額と逋脱率・・・・・・一五四〇

第四、本件違反の動機について・・・・・・一五四〇

第五、結論・・・・・・一五四二

別紙

一の(1)昭和五七年事業年度再修正損益計算書の説明・・・・・・一五四四

(2)昭和五七年事業年度再修正損益計算書・・・・・・一五四五

(3)昭和五七年事業年度再修正製造原価内訳書・・・・・・一五四六

(4)昭和五七年事業年度修正脱税額計算書・・・・・・一五四六

二の(1)昭和五八年事業年度再修正損益計算書の説明・・・・・・一五四七

(2)昭和五八年事業年度再修正損益計算書・・・・・・一五四八

(3)昭和五八年事業年度再修正製造原価内訳書・・・・・・一五四九

(4)昭和五八年事業年度修正脱税額計算書・・・・・・一五四九

三の(1)昭和五九年事業年度再修正損益計算書の説明・・・・・・一五五〇

(2)昭和五九年事業年度再修正損益計算書・・・・・・一五五一

(3)昭和五九年事業年度再修正製造原価内訳書・・・・・・一五五二

(4)昭和五九年事業年度修正脱税額計算書・・・・・・一五五二

第一章、事実誤認を主張する背景事情

事実誤認を主張する背景事情として、到底見逃すことができない基本的問題を二点提起したい。それはほかでもなく、その第一点は、本件原審裁判所は、原審第一回公判における起訴状(訴因変更後のもの)の公訴事実に対する被告人側の自認を、それが真意、本意に基づくものでないことを知悉しながら、殊更これに目を蔽いこれを容認したことと、第二点は、右公訴事実に基づく真相に即したとは言えない検察官冒頭陳述の脱税額及びその算出根基を一点の齟齬、疑念もなく採用したことである。もとより、被告人側の自認が、その真意、本意に基づくものであり、また、検察官の右冒頭陳述の主張が本件事案の真相に即しているものであれば、敢えてこれに異を唱える筋合いではない。しかし、果たしてそうであろうか。然りとは到底言えないのであって、ここに原判決が事実誤認を冒した根源的な原因が存在するのである。

第一、被告人側の自認は真意、本意に基づくものではないということについて

そもそも、本件原審第一回公判(昭和六二年八月七日)において、被告人、弁護人は、ともに本件公訴事実を全面的に自認した上、検察官の冒頭陳述に意義を挟まず、また検察官の取調べ請求にかかる証拠の取調べにすべて同意し、その結果、原審裁判所はこの証拠の取調べを終了した。そして、弁護人は、この流れに同調するがごとく殊更に弁護人側の今後の立証は、もっぱら情状に関するものであって、その立証計画はすでに提出済みであると主張するにとどまった。このように、被告人側が形式上いわば無条件降伏したとも言うべき自認をしたことを受けて、検察官の立証が矢継早に、一気呵成に進行したことは、本件記録を子細に検討するまでもなく、これらの訴訟状態を凝集したと見得る第一回公判終了後の同日付弁護人の保釈許可申請書(記録第一分冊一九二丁表)および保釈申請理由補充書(同一九五丁表)を一読しただけで十分に知ることができる。

ところで、この第一回公判における被告人側の訴訟行為は、完全な真意、本意に基づくものであるとは到底言い得ないのである。なぜなら、かりに右訴訟行為が完全な真意、本意に基づくものであるとするならば、弁護人が、後日、情状事実と称して主張した事実が、その内容から直ちに理解し得るとおり、実質的には公訴事実そのものを争う事実であるにもかかわらず(記録第一分冊六五丁表、弁論要旨)、何故にこれを情状事実と称したかと言う至極当然な疑問が必然的に生ずるからである。結論を先んずれば、要するに原審弁護人は情状という衣を着せて争点そのものを提起したのであって、真意、本意ならずも公訴事実を自認してしまった手前、いわば禁反言の理に自縄自縛となり、表立って争点提起ができないため、苦肉の策として情状に名を借りて争点提起をしたものにほかならない。これによってみれば、原審弁護人は、殊更意図して争点事実を情状事実にすり替えた以外のなにものでもなく、このような持って廻った、いわば及び腰の訴訟戦術をとったことには、それなりの理由があったのであり、これなくしてかような訴訟戦術をとったのは甚だ理解に苦しむところである。しかし、原審裁判所が、このような訴訟進行を許したということは、当事者主義をとる民事訴訟ならばいざ知らず、職権主義と実体的真実主義を採用している刑事訴訟の手法としては、最も基本的な右の原則に背反するもので厳に許さるべきではない。しかのみならず、かくては刑事訴訟における裁判長の訴訟指揮権は全く有名無実と化したと言わざるを得ないのである。なぜなら、かような場合、原審裁判所としては、あたかも一旦、簡易公判手続の決定をしたが、これによることが相当でないと認めたときは右決定を取り消す場合、と同等の精神に則り、訴訟指揮権を適切に行使すべき義務があるからである。

なお、ここで触れておきたいが、原審裁判所の争点に関する取扱いについての当職の右の主張に対しては、次のような反論が予想される。すなわち、原判決は、原審弁護人の情状事実に関する主張に対して、争点提起と全く同視してこれに判断を加えているが故に、この主張は理由がないという反論である。なるほど、原判決の「量刑の理由」欄をみると、「量刑の理由」と言いながら、争点に対する判断の体をなしているがごとくではある。しかしながら、原判決は、原審弁護人の右主張を「架空であるとして否認することには問題がある」、「架空経費として否認するのは疑問である」、「被告会社の所得とされるのは疑問である」、というように受けとめていること自体からみて、形式的にはあくまで情状事実に関する主張と認めているのみならず、実質的にも、この点の判断のために採用した証拠は、いずれも原審弁護人が不承々々取調べに同意したとはいえ、すべてが検察官の取調べ請求にかかる書証の範囲にとどまり(記録第一分冊一〇八丁表、判決書)、被告人側に対し、右書証の供述者、作成者に対する反対尋問、あるいは反証の機会を与えた形跡は全く存在しないので、これを以て争点に対する判断とは到底言い得ないから、予想されるがごとき右の反論は成立する余地がない。本件事案の本質に迫った判断とは、実質的にゆかりもないものである。

さて、この点はしばらく措くとして、原審弁護人が正規に争点提起をすることができなかった理由は果たして奈辺にあったかである。いわゆる脱税事件が刑事事件としてわが国の裁判所に登場してすでに時久しいが、由来、国家機関による課税という問題は、優れて行政的、政策的な分野であって、いかに税法理論を縦横に駆使してみたところで、ひっきょう政策的な要素が強く作用し、結局、関係当事者の「協力」、ひいては「妥協」ということを当然の前提とした行政裁量にまたなければ埒が明かない、解決もできない分野であるということは広く知れ渡っていることである。したがって、これが刑事の脱税事件ともなれば、司法判断になじまない問題が表面的にも裏面的にも多々存在するわけであって、調査査察段階からして、関係当事者、特に税務当局と納税義務者間に明示、黙示の「妥協」の要素が決定的に作用する性質のものであり、また脱税が事件という名のもとに刑事問題に転化されたところで、「妥協」の要素を軽視、無視することができないということを、それこそ直視しなければならない。

それ故に、脱税事件において、特に納税義務者が「妥協」を全く排斥して調査査察段階から完全な黙秘権を行使し、これに対する「協力」を拒否したりすれば、それが他の処罰規定の違反となり得ることあるは格別、脱税を完全無欠、正確に捕捉することは到底困難となり、いわゆる行政判断によって納税義務者が納得する最大限の範囲内で「おおよそ(大凡)の認定」を下す以外にはない。これは、行政裁量としてそれなりにやむを得ないとして容認せざるを得まい。しかし、一転して、これが刑事事件ともなれば、それこそ厳密に証拠裁判主義、実体的真実主義に即した判断を貫かざるを得ず、さすれば、「おおよそ(大凡)の認定」によって有罪であると認定することは許されるものではない。しかも、「事実上の推定」にも限界が生じ、あいまい模糊とした証拠と事実関係の迷路に引き込まれ、底無しの沼にはまり込んで、結局、「犯罪の証明がないとき」に帰着せざるをえないことは法曹関係者にとって自明の理であろう。さればこそ、本件においても、原審の捜査、公判を通じて検察官と被告人側に明示、黙示の「妥協」が成立していたことは到底否定することができない。その最も決定的な「妥協」の典型こそ次の一事である。それは、被告人が、前期のとおり、第一回公判のいわゆる認否手続が終わり、加えて検察官側の矢継早、一気呵成の立証が終了した後に至って初めて未決監で病気に呻吟し渇望していた保釈を検察官の同意のもとに、第一回公判期日三日後、ようやく許可されたという事実にほかならない(記録第一分冊二二二丁表、保釈許可決定書)。長期勾留された者の苦悩、苦痛の甚大なことは永年の検察官を辞して弁護士となった当職が最初に改めて思い知らされた点であるが、本件の保釈の同意、許可が「妥協」の産物でなくてなんであろうか。これこそが原審第一回公判における被告人側が自認のやむなきに至り、しかも、争点提起ができなかったことの理由でなくてなんであろうか。

もしかりに、本件の原審第一回公判において、被告人側が脱税の犯意を否認し、あるいは脱税額の多寡を大体的に争うならば、訴訟が長期化するは当然として、脱税事件なるものが「妥協」の存在を否定し得ないが故に、検察官側の立証が難渋し、もしくは著しく困難となり、検察官の主張は瓦壊、あるいは破綻をみるに相違なく、したがって、原審裁判所も事態の収拾に手を焼くことは火をみるより明らかである。さればこそ、保釈の同意、許可がいわば明示、黙示の取引材料となり、被告人側にとって保釈許可という好結果を得るためには、公訴事実を全面的に認めざるを得ず、他方、検察官にとっては被告人側の自認、ひいては立証の簡易化という好結果を得ることとなったのである。弁護人側が争点を提起することができなかった理由が、実はこの点にあったことは一点にあったことは一点の疑いもないところであって、他の理由を想起し得る余地は全くない。

認否手続における被告人側の自認が、米国刑事訴訟において許される「bargain」と同質のものか否かの問題があるが、これもしばらく措くとして、この自認がわが国において保釈の同意、許可と陰に陽に交換条件となっていることは、厳然として「裁判所に顕著なる事実」であることは疑いがない。この「裁判所に顕著なる事実」に目を蔽い、被告人側の完全な真意、本意に基づくものではなくして、やむことを得ずしてなした自認であることを十分認識しながら、安易に検察官の主張、立証に便乗し、後記のごとく真相に即していない脱税額とその算出根基を一点の齟齬、疑念もなく採用した原判決が事実誤認を冒したことは明々白々で、むしろ事実誤認がないのが不可解と言うべきである。なぜなら、原審裁判所がもともと争点となるべき事実があることを十分認識しながら、これを封殺したまま審理し結審し判決しているからであって、これはわが刑事訴訟法が予想だにしなかった異常事であって、即同法第一条違反にほかならないからである。原審裁判所としては、第一回公判において、被告人側が公訴事実を自認するか否か、逆に全面的に、または部分的にもせよ争うか否かは、今後の訴訟進行の帰趨をはかる重大な岐路となるべきいわばメルクマールである。被告人側が自認すれば単純、明解、簡便、容易に訴訟は進行するが、逆に被告人側が否認すれば、本件の場合、検察官の損益計算法による立証体系は、単に部分的な手直しなどのびぼう策ではまかなえず、勘定科目が相互に密接関連するが故に関係諸表の大部または全部に至るまで煩雑な検討、勘案の手を延ばさざるを得ないことと、その修正を余儀なくされ、訴訟が複雑、難解、面倒、晦渋となって遅延するため、いきおい被告人側の自認を歓迎せざるを得ない心情が働くことは十分理解できるが、不承々々自認し、争点提起を封殺され、これを原審裁判所が十分認識しながら安易に受け入れ、争点を殊更看過して審理し結審し判決するというがごときことが、堂々と行われることは、まさしく司法の危機であって、これが許されないことは、わが刑事訴訟法の基本理念よりして、理の当然である。

第二、原審検察官の主張した脱税額とその算出根基は本件事案の真相に即したものとは言えないということについて

まず、原審訴訟当事者間の「妥協」という問題を提起したい。これまで用いた「妥協」という表現に語弊があるならば、「合意」と表現しても可なりと考えるが、明示、黙示(多くは暗黙)の「合意」は、刑事訴訟にあっても訴訟当事者に求められる最低限の要請であるが、ことは刑事訴訟にかかわるが故に、公平にして妥当な、そして訴訟当事者が納得した「合意」でなければならないことは当然であって、然らざれば「合意」の名に価するものではない。まして、「合意」なくして成り立ち得ない刑事の脱税事件訴訟にあっては尚更当然であり、敢えて揚言するまでもない。

ところで、本件原審においては、いわゆる「力関係」が検察官に過度に重心が偏在し、しかも、検察官の意のままに捜査、訴訟が進行したのであり、そして、これを原審裁判所は容認したのである。その由ってきたる原因は多々あるが、原審弁護人の余りにも不見識で、卑屈な訴訟行為もその一因であり、当職は本件記録を通覧しながら義憤を禁じ得なかったのである。かくては、争点提起はもとよりのこと、原審弁護人があらゆる問題で積極的姿勢をとり得なかったのも道理であるという結論に達した。その結果、原審弁護人が真相に即したものとは言えない検察官の主張、立証を破碎することはもとより、これを動揺せしめることすらでき得るわけがなかったと得心せざるを得ないのである。

しかして、原審弁護人のそのような訴訟行為の顕著な例の一は、検察官が本件捜査に着手した後に、原審弁護人が展開した検察官に対する関係者作成名義の上申書作成提出攻勢と評すべきものがある。本件関係者の多数の上申書が原審弁護人の発意によって作成されたことは明らかである。ところで、原審弁護人は、果たしてこれら上申書の内容が本当に逐一「すべて真実である」との心証を以て作成させたものであろうか。否、到底然りとは言い得ない代物である。しかも、百歩を譲り、逐一「すべて真実である」との心証を得て作成させたとするも客観的、結果的には、原判決が言うところの「罪証湮滅工作に及んでいる」ことに、明らかに手を貸したことは、各上申書の内容が、後日これら関係者の検察官調書によって一斎に押しなべて覆されている一事によって明白であって(記録第一四分冊二、二六〇丁表昭六二・六八付および同一五分冊二、五二七丁表同月二〇付被告人の各検面調書)、原判決は単に原審弁護人が手を貸したとまでは言及しなかったに過ぎないものとみられる。原審弁護人が、このような、まさしく弱味を露呈した事態を踏まえたままでは、到底検察官に対し攻防の委曲を尽くせるはずがないし、対等の立場で「合意」を成立させることもでき得るはずがなかったのであって、これが検察官の意のままの主張、立証を罷り通すに至ったことの決定的原因であると断ぜざるを得ないのである。

なお、原審弁護人間には、上申書の内容が検察官調書によって覆ったという一事によって、これを目して、最早他に手だて無しという短絡した見方が支配したことは否めない。しかし、右の一連の上申書の内容が検察官調書によって覆されてはいるが、さればとて逐一「すべて虚偽」と断定することも危険である。なぜなら、「事実にはすべて二面性がある」からであり、一斉に軒並み内容が覆っていることがむしろ不自然、不合理であって、ここに一方的な予断に基づく評価が先入主となっていることを推定し得るからである。なおまた、原判決が、罪証湮滅工作を被告人一身の責に帰せしめているのは事実誤認であることは言うまでもない。前件による前科があるので、また刑責を問われては大変なことになるという被告人の素朴な畏怖心に出ずるものであることが真に酌量されなければならない。

次に、原審弁護人の前記のごとき訴訟行為の顕著な例の二は、原審弁護人は、前記したとおり、本件の脱税額、脱税率の認定に至大の影響力を持つ事実点を争点としては全く提起することなく、これを単なる情状事実にすり替えて主張していることである(記録第一分冊六五丁、弁論要旨)。かかる訴訟行為に及んだ決定的な原因、目的は、被告人が渇望していた保釈許可を得る点にあったことは明らかである。未決監に病気で呻吟する被告人の保釈希望を容れてもらうためには、まことにやむを得なかったものというべきであるが、それにしても不見識で、卑屈なものである。これは、争点提起の一方法とみるべき事実点に関する証拠調べ請求にあっても同様であって、これを極めて姑息に、かつ消極的に行い、しかも、これら請求をことごとく撤回するに至っては最早なにをか言わんやである(記録第一分冊一六六丁表、証人申請撤回申立書)。原審第一回公判において公訴事実を不承々々ながらも自認した結果とはいえ、その故に検察官の主張、立証を罷り通させたのも宜なるかなである。

右のような原審弁護人の訴訟行為のもとでは、訴訟行為の内容自体からみても明らかなとおり、検察官との間に対等関係とか、衡平が保証されたと認め得る「合意」の徴表は片鱗だに認められない。ましてや、殊のほか「合意」を必要不可欠とする脱税事件たる本件において、検察官と被告人側との間に、公平妥当な納得ができる「合意」が成り立っていたとは到底認め難い。このことは、弁護人の最終弁論が、被告人側の事実点に関する証拠が全く顕出されていないため、検察官の証拠の範囲内にちっ居してこれに材をとり、加えてわずかな情状証人の証言に材をとって行われていることにも明瞭に表れている(前出、弁論要旨)。このような本件訴訟状態を十分認識しながら殊更放置し、しかもこれを拱手傍観して審理した原審裁判所の判決が事案の真相に即しない検察官の主張、立証の上に漫然便乗し、事実誤認を冒すに至ったこともまた宜なるかなと言うべきである。

そこで次に、原審検察官の主張した脱税額とその算出根基は、本件事案の真相に即したものではなく、検察官の偏向した、独断の認定の上に組み立てられたものであることを強調しなければならない。

課税という問題は、前記したとおり、優れて行政的なものであって、関係当事者の「協力」、ひいては「妥協」、言うならば明示、黙示の「合意」を必要不可欠な要素とするものであり、これは脱税刑事事件に発展した後であっても好むと好まざるとにかかわりなく付きまとう必須の条件である。したがって、本件被告会社、被告人が位置した業界の実態と慣例が十分に重視され、かつ認容されなければならないことは言うまでもない。業界における取引の実態を理解し、かつ、業界に確立している慣例を尊重し、これを淡白に採用し認定することが否も応もなく要求されるのであって、これらを無視し、独断的に評価し、例えば同質の支出の経費性につき一方で認容したり他方で否認したりすることが許されないことは当然である。なぜなら、業界における取引の実態と慣例を無視または否定すれば、それこそ「合意」というものは雲散霧消して宙に浮いてしまう結果、納得できる課税認定、脱税認定なるものは体をなさず、砂上の楼閣と化すに至るは多言を要しないからである。そして、業界の実態と慣例に対しては、是非善悪などの評価が短絡的にかかわるべき筋合いのものではないし、税務当局はもとより、検察官の好悪や越軌の自由判断に委ねられるべき筋合いのものでもない。問題は、業界の実態、慣例が自由主義経済体制下の自由競争市場における営業権の行使として、具体的法規範に違背しているか否かと、これらが著しく社会正義に反するような特段の事情下にあるか否かとを基準として判断、認定されなければならないということである。本件において、例えば、政府の土地政策の不在を度外視して、一方的に不動産業者に地価高騰の責任を帰せしめんとする余り、過度に被告会社、被告人の罪に対し一方的非難をあらわにしたり、被告会社のいわゆる系列会社で、検察官の冒頭陳述が関連会社と称している新宿ビル株式会社を目して、多くの同業他社が系列会社を持って税務対策に腐心しているという実態を無視し、単純皮相な観点から、ペーパーカンパニーなどと評価断定して、これをべっ視し、あるいは被告会社に対し、その情を知悉しながら本件関係の莫大な営業資金を貸し付けた金融機関の社会的責任を棚上げして、いわゆる地上げ屋が社会的非難を強く受けていた時期に、これと同視されて検挙され、マスコミ報道を手初めに、あらゆる非難を集中された本件被告人の刑責について、「弱り目に崇り目」の追討ちをかけ、大丈段に苛斂誅求の途をとることのみに急の余り、無理無体に社会通念や経験則に背反して、一方的に社会の実態から乖離した事実を認定したりすることは、厳に戒心することが必要である。このような見地よりして、原判決が一点の齟齬、疑念もなく採用した検察官の冒頭陳述には、事実誤認が明確に存在する。それが具体的に奈辺にあるかについては、次項において詳述したい。

第三、本章の終わりに、付言したい二点について

その一は、ほかでもなく、税務当局の課税目的に基づく脱税に関する行政判断と、刑責の存否を決すべき司法判断とは截然と区別されるべきであって、行政判断を鵜呑みにしたり、これを盲襲したり、あるいはこれと混同して司法判断することの危険性である。これを強調したい。かりにもせよ、かようなことが通用すれば、税務当局にとっては心外以外のなにものでもないし、また司法判断としては違憲問題となりかねないが故である。そして、脱税事件といえども、改めて揚言するまでもなく、刑法の原点ともいうべき有責性、違法性、構成要件該当性を要件とする犯罪として、果たして成立するか否かにつき厳密かつ子細に検討を加えた上で裁判がなされるべきであるということである。そして、行政判断というも、司法判断というも、一定の事実関係に対する評価の基本姿勢そのものが最重要であって、そのあり方によって結論が右にも左にもブレることあるは言うまでもないが、とりわけ行政判断は、司法判断とは異なり、裁量の余地が広範にわたるが故に、刑責の有無を問う脱税事件の司法判断にあっては、税務当局の行政判断とは截然と境界を設定することが要求される。これは、まことに当然の事理に属する。したがって、本件原判決が、行政判断について、司法判断の資料として採用することの当否を十分検討することがなく、またその他の一般刑事事件におけるがごとき捜査結果の片々たる供述記載その他によって左右された点が惜しまれるところである。

その二は、当職は、以下において具体的に事実誤認を主張するにあたり、公正妥当な「合意」を当然本件においても尊重されるべきであるとの立場から、原判決に対し、いたずらに大小、軽重、難易等を考慮することもなく全面的に不服を申し立てる意図はないのであって、最小限度の、これをもし有罪、量刑の理由、根拠とすることは明らかに不当にして不合理であると思料する点にのみ限定して主張する所存であるということである。

貴裁判所の適正な裁判を求めてやまないものである。

第二章、事実誤認の主張

原判決に対する事実誤認の主張の基本的問題については、前記第一章において、敢えて面を冒し執拗に過ぎるほど陳述したので、本項においては、具体的な事実誤認の主張を列挙したい。

第一、新宿ビル株式会社について

新宿ビル(株)は、被告人が昭和五五年に被告会社と同一の場所に資本金九、〇〇〇万円で設立したものであり、設立の趣旨とするところは、土地明渡しや建物建築にあたって相手方や近隣者との交渉が被告会社一社のみでは円滑に進まない場合があるところから、さらに一社設立の必要性があったということと、被告会社の不動産管理部門を独立させる必要性があったという、いわば商略に着目した点にある。このようないわゆる系列会社の設立は、ただに被告会社にとどまらず、同一業界はもとより他業界にあっても、世上現実に存在するところで、例えば、何々グループと称される多くの企業にみられるところにして公知の事実であり、咎められるべき理由は全く存しない。これをもって、いわゆる税務対策の一方法に過ぎないという評価を下す向きがあるが、それが直ちに法規範に背反するわけではなく、非難されるべき筋合いでもない。そもそも税制の存在する国にして税務対策を講じない国民がいずこにあるかという問に対し、果たして否定的回答を表立って揚言し得るものがあるとは考え得べくもない。例えば、各国の船舶がリベリア船籍としている現実がこれを物語っている。本件新宿ビル(株)は、組織、経理、税務、資金、業務のいずれをとっても、被告会社とは独立別個の会社で、独自の実体を有する実存の会社とみることになんらの支障もないのである。

しかしながら、他方、被告会社と新宿ビル(株)が相共同して、営業活動をすることがあるのは、水の低きに流れるがごとく自然であり、両社の社長を兼ねる被告人が両社のいずれの営業活動とするかというその間の単独、分担、共同の判断は全く自由であって、何ぴともこれを規制し得る理由はないし、また、少数の従業員を有するに過ぎない両社の営業活動において、人的、物的な混淆、混然することがあったとしたところで、第三者に対し迷惑とか害悪を加えない限りなんら非難されるべき理由はない。したがって、第三者が一方の新宿ビル(株)を目して実体がないと評価するならば、同時に他方の被告会社に対しても同様の評価を下さざるを得ないこととなるのは当然である。検察官の冒頭陳述が被告会社の脱税摘発ということのみに目を奪われて視野狭窄を起こし、あるいは偏向して確たる根拠もなく、被告会社と新宿ビル(株)の間に差別を設け、新宿ビル(株)をペーパーカンパニーなどと単純に断定したとすれば、その独断、偏見こそ、この際責められるべきである。本件原判決もまた、被告会社の脱税のみに焦点を合わせて審理を進めたため、とかく検察官の冒頭陳述の主張と立証とに引きづられ、これに重心を傾斜したことは明らかである。そして、新宿ビル(株)を実体のない会社であると認定することは簡単であり便宜でもある。なぜなら、同社をなまじ実体のある会社と認定すれば、社長が同一人なるが故に被告会社とほぼ同一手法の営業活動をし、同一手法の税務対策を採っている同社についても予想される脱税を不問のままとすることは、いかに不告不理の原則があるといっても偏頗の感を免れないからである。

しかし、原判決が、現実に存在し、実体と実績がある新宿ビル(株)を明言は避けながらも実体のない会社扱いをしていることは明らかに事実誤認と言わざるを得ない。

第二、いわゆるキャッチボールと称されたことについて

いわゆるキャッチボールなる名称が、いつから何人によって唱えられ始めたかは知らないが、被告会社と新宿ビル(株)の間にこのような評価を受くべき金員の往来があったことは客観的に動かし難い事実であり、また他のあらゆる系列会社間において、このような操作を行っていることも動かし難い事実である。しかして、新宿ビル(株)は、資本金は被告会社を上廻り、かつ多数の不動産を所有し、ビル管理等の営業の実体、実績を持つものであり、被告人が両社の代表を兼ねていることもあって、前記のとおり両社がそれぞれ単独、分担、共同の営業活動をしていたことは、それなりに淡白に認容すべきであることは言うまでもない。したがって、新宿ビル(株)が、支払われた対価に見合う仕事をしたか否かとか、仕事量に比して多額の支払いを受けたか否かといった評価をすることが、それ自体誤りであり、支払名目や価額に関しては、当時の不動産業界の実態、慣例を尊重し、あくまでも当事者間の取引の実情にしたがって決定されるものであることが良く理解されるべきであることは言うまでもない。税務当局としても、経費として認容した他の支払い、例えば、大江設計グループ、あるいは銀行に対する支払いの例との区別の基準を奈辺に置いて判断したかについて合理的説明ができるはずはあるまい。支払先や受入先が系列会社であるか否か、赤の他人、会社であるか否かなどということが合理的基準となるはずもない。したがって、原判決が、被告会社と新宿ビル(株)との間の単独、分担、共同の営業活動の事実を無視し、新宿ビル(株)の現場管理や近隣対策は実体を伴っていないと認定したのは必要不可欠な現場管理や近隣対策の事実自体をも否認し、不可避的な両社の営業行為の混淆を合理的な理由、根拠もなく截然と区別することを強いるものであって、明白に経験則に反し事実誤認がある。

次に、原判決が、このキャッチボールの事態を目して、脱税の故意ありと認定した点も事実誤認である。被告人、というよりは萩原取締役が、これを税務対策上採った措置とみるのは簡単である。しかし、この事実から脱税の故意ありとするか、脱税に非ざるいわゆる節税の意思に基づくものとするかの点については、短絡して結論づけるべきではない。このキャッチボールは、被告会社の同業種、あるいは他業種の系列会社間でも広く行われているところであるが、これに対し、税務当局が平素いかように対処しているかの問題がある。思うに、この点につき統一した方針など持ち合わせているはずはない。なぜなら、被告会社と新宿ビル(株)間のキャッチボールは、両社ともにそれぞれ支払い、受入れを小切手によって銀行を介し公開して行い、そして、これをそのまま公表し、それを前提として確定申告をし、国税局出身の顧問税理士の目を通されて、同一の所轄税務署たる四谷税務署に受理、調査され、その間なんら指摘を受けることもなかった。にもかかわらず、起訴対象事業年度の後の昭和六〇年夏に至って初めて同税務署から指摘されているからである。

ところで、事は刑責の存否にかかわる司法判断として、キャッチボールをいかに評価するかが焦点である。「偽りその他不正の行為による」犯意の下に、このような手段方法を講じたことによって法人税を免れた場合に該当するか否かである。結論を先にすれば、本件のキャッチボールは、取引の実質を伴った系列会社にして共同事業体である両者間の共同の利益の単純な分配に過ぎないと評価すべき行為であるから、脱税の故意があった徴憑と認めることはできない。したがって、支出名目もさしたる意味を持たないのである。原判決は、「両社の決算期の異なることを利用し、利益のいわゆるキャッチボールまでしていたもので、かかる被告会社における所得秘匿の手段方法は大胆かつ巧妙である」とまで断定したが、実体は、取引の実質を伴った系列会社にして共同事業体である両社間の共同の利益の単純な分配に過ぎず、そして、これは甚だ素朴かつ極めて稚拙なものという評価こそ下されるべきである。

これを要するに、キャッチボールは、公表しているが故に被告会社の所得を架装隠蔽したわけではなく、いわゆる裏金に廻したわけでもないのであるから、脱税の構成要件に該当しないことは明白である。

また、原判決は、「新宿ビル(株)が被告会社のために現場管理や現場付近の住民対策等の役務を提供することを約した契約書、見積書、注文請書等、一般の商取引の際に作成される書類が右両社間で取り交わされた形跡がない」と認定したが、これは相手方が赤の他人、会社、例えば解体屋、設計事務所であれば当然取り交わすべきであろうし、現に取り交わしているが、小規模な系列会社間でこのようなものを取り交わすなどということは、まさに笑止の至りであって、不動産業界全体としても寡聞にしてこれを知らないことである。さらに、原判決は、「新宿ビル(株)従業員富田直樹等が現場に赴くことはあっても、それは被告人の指示により被告人に随行したという程度のものであり、右富田らが現場で取引関係者や付近住民らに自己の立場を説明するときには被告会社従業員の肩書表示ある名刺を利用するなどしていたこと」と認定したが、このようなことは、感心はできないけれども系列会社間では世上よくあることで、この事実が何故に両社のキャッチボールを非とする根拠となるかの理由が全く理解できない。さらにまた、原判決は、両者間の金員の従来を列挙して、「被告会社が新宿ビル(株)に支払った現場管理、近隣対策は実体を伴ったものではないから、かような経費は架空のものと認められる」としたが、対価性の有無、対価金額の基準の実態を度外視して金員の名目にのみ、あるいは役務提供内容の程度などにのみとらわれて、被告会社のみが実在の会社であって、新宿ビル(株)をあたかも被告会社の脱税目的に奉仕するための単なるペーパーカンパニー扱いにした誤った判断を前提とするものである。いまかりに、新宿ビル(株)の脱税を勘案するとき、被告会社をペーパーカンパニー扱いにするという誤った判断をする場合となんら異なるところはない。この点は、誤って判断したというよりも、いわば御都合主義の判断以外のなにものでもない。系列会社にして共同事業体である両社間の共同の利益の単純な分配は、税法上からみてもなんら問題はなく許されるものであり、それを節税という税務対策上やむを得ず採った処置とするならば格別、原判決がいちずに所得の隠蔽、ひいては脱税の故意があり、その手段方法であると認定したことは明らかに事実誤認である。

そして、原判決が新宿ビル(株)を目して実体のない会社とみていることは、二番町物件の売買による所得の帰属主体、同物件の賃借料収入の帰属主体を同社ではなくして被告会社であると一方的、一面的に判断した過程にも明認されるところであって、この判断の誤りが事実誤認を冒す結果となったものである。なお、この二番町物件については、後記第五においても触れるところである。

第三、昭和五七年、同五八年事業年度における期末棚卸し除外と称されたものについて

原審における全証拠を子細に検討すれば、被告人はもとより、萩原取締役においても棚卸除外の手段方法による脱税の意思は全くなく、したがって、その故意がなかったことも明白である。なぜなら、この意思を積極的に認定するに足る証拠が見出し難いからである。萩原取締役は、税務知識が無いため、明渡しの完了していないところが散在する、いわば虫食い物件については、資産として計上する必要がなく、売上げが立った段階において、初めてこれを計上すれば足りるという認識であったに過ぎないのである(記録第三分冊三二九丁表、萩原光男検面調書)。これをもって、脱税の故意ありと認定することは、いわゆる行政犯の犯意の存否について、しかく厳格に要求すべきではないという誤った法律観に基づくものであって、到底容認することができない。

ところで、税務当局では、棚卸資産についてどのように考えているのであろうか。税務当局としては、当該商品の売上事業年度においては当然その仕入原価として公表計上されるものであると認識されているところである。この見解は刑事上も正当と考えられる。したがって、これを単年度的に敢えて取り上げることには強い疑問が残るのである。しかも、本件のごとく、国税局の査察以前に、みずから税務署の指導を受け入れて修正申告し、これを税務署が認容し、しかも所定の納税を完納している場合には、告発の対象としないこととしているにかかわらず訴追の対象としているのは、起訴、不起訴基準の一貫性を殊更変更し、被告会社、被告人の罪責を過酷に追及しようとする検察官の意図を如実に示すものであり、この点と、前記のとおり脱税の故意を欠く点を併せ考えれば、本件の棚卸除外を脱税の手段と認定した原判決は、明らかに事実誤認を冒しているものである。しからずとするも、十分その犯情が酌量されなければならない。

また、右の期末棚卸除外と称された分について修正申告したことに事実上関連する問題であるが、この時に昭和五八年事業年度分の土地重課についても税務署の指導を受け入れて修正申告し、これを税務署が認容し、しかも所定の納税を完納しているにかかわらず、告発の対象とされ訴追の対象とされている点についても右と同様十分その犯情が酌量されなければならない。

第四、架空経費と称されたものについて

原判決が架空経費と称したもののうちの大手は、清流社(滑川祐二)、富士開発興業(株)(藤丸末広)、加藤電工(加藤家光)の三者に対し支払った切りで、被告会社に向けいわばバック(還流)されないものと、(株)新和(加藤健男)、蕨産業(坂本正実)の二者に対し支払った上で、その大部分を被告会社に向けバックされたものとに二分される。そして、原判決は、これら全部について、全額が架空経費であると認定して、言うならば被告会社業務にとって無意義、無意味な支出であるとして、いずれについても被告会社の所得であると認定しているが、これは明らかに独断的判断に基づく事実誤認であって、到底納得することができないところである。そもそも架空とは、広辞苑によれば、「事実でないこと、根拠のないこと、想像で作ること」とされているが、経費として架空ということは、経費として支出したことが絵空事であって、会社としてそのような支出がなかったということである。しかし、現実に支出があったことは動かし難い事実であるから、原判決はこの支出をただ単に否認するにとどまらず、いかなる名目と認定するかを明らかにしなければならないところであり、税務当局の行政判断のごとく、否認すればイコール被告会社の所得と認定することは短絡そのものであって、明白に誤っている。

のみならず、これらの支出を個別に検討すれば、逐一実体を伴ったものである。すなわち、まず、清流社(滑川祐二)であるが、滑川は、被告人が昭和五二年ころ知り合って以来、同人のいわゆる右翼としての活動歴を買って被告会社の取り扱う物件に関するクレーム処理にあたらせたことは事実であり、これに対し年間一、〇〇〇万円を下らない支払いをなしているものである。また、被告人が同人をクレーム処理の顧問格に位置づけて飲食、遊興などの支払いや、いわゆる小遣い銭、海外出張餞別代を呉れてやったことも事実である。そして、このような経費が否応なく必要なのが不動産業界の実態である。したがって、これら経費の総計を少なくとも三、五〇〇万円と見積り、昭和五九年に同人より外注加工費名目により領収書を徴したことを以て、原判決が「被告会社の事業遂行を離れた個人的交際費として支払った」旨単純に認定したことは、その間に会社交際費あるいは寄付金、顧問料として考察することができない弾力性、融通性を著しく欠いた経験則違反であって事実誤認がある。当時、被告会社が裕福だからといって、被告人が単なる私的交際費としていわばタダで呉れるような支出をするほど野放図な性格の持主ではない。不動産業界では、好むと好まざるとを問わず人脈作り、地盤培養のため金遣いを荒くする営業政策の必要性も否定できないところである(記録第一四分冊二二七八丁表、昭六二、六、一三付被告人の検面調書一三項)。他の高度自動化、無人化を果たしている電器機業界、自動車製造業界等とは全く異なる業界である。なお、この点に関する滑川の供述が、これに反しているのは別件の事件で同人が横浜地検横須賀支部において勾留されていた環境下でなされているため、唯々諾々としていたものとみられる(記録第六分冊九〇六丁表昭六二、六、五付同人の検面調書)。

次に、富士開発興業(株)の藤丸に対し、昭和五九年に企画設計料名目で二、五〇〇万円の領収書を徴し、同額の支払いをしているが、同人は、二番町物件について、借地人の大角春雄、前田光雄との立退交渉を現実に行ったことは相違なく、原判決が単に右大角および前田が言う「藤丸を見たことはない」との一片の供述調書に根拠をおいて(記録第七分冊一、〇七〇丁表と一、〇九二丁表の大角、前田の各検面調書)、「交渉等の任にあたった形跡が窺われない」と認定したこともまた誤っている。藤丸は二番町物件について現実に解体作業を一部分担したことも事実であり、さらにこれらの金員を自社の収入に計上した公表もしているところである。したがって、原判決が単なる支出名目のみにとらわれて、その対価性を近視眼的に観察して架空経費と断定したのは不可解と言わざるを得ず、現実の支出を否認し、直ちに短絡して被告会社の所得と認定したのは事実誤認と言わざるを得ない。

また、加藤電工(加藤家光)に対し、昭和五七年事業年度に支払手数料名目で九〇〇万円、昭和五九年事業年度に企画設計科名目で三、〇〇〇万円、支払(仲介)手数料名目で一、二〇〇万円、計五、一〇〇万円を支出したほか、昭和五六年に支払手数料名目で一、四四〇万円を支出し(昭和五七年期首仕掛品棚卸高に計上)、合計六、五四〇万円を現実に支払った事実があるのに、原判決がこれに眼を蔽い、架空経費と断定したのも、右の藤丸に対する認定が誤っていることと同一であって、事実誤認である。加藤電工もこれらの金員を自社の収入に計上し公表もしているところである。

次に、(株)新和(加藤健男)と蕨産業(坂本正実)に対する支出であるが、原判決は、この両者に対する支出につき、領収書記入額の全額がすべて架空経費計上であると決め付けている。この点も検察官の冒陳を踏襲しているところで事実誤認がある。すなわち、(株)新和に対しては、

〈省略〉

また、蕨産業に対しては、

〈省略〉

の支出がある。ところで、(株)新和に関しては、原審弁護人も主張したところであるが、いわゆる新川物件につき、(株)新和の加藤健男が地権者との立退交渉に同道したほか、土地の処分、利用についてアドバイスをした実績、宮前の物件については、土地不法占有者に対する応対と土地の処分についてアドバイスをした実績、三田物件については現場調査に同道し、土地の処分についてアドバイスをした実績、薬王寺物件については、土地の処分についてアドバイスをした実績、芝公園物件についてはこの物件を被告人に仲介した実績がある。しかして、これらに対する被告会社の支出名目、支出額は、不動産業界の実態と慣例からして被告人の自由に委ねられるべきところであるから、支出名目を狭く解する誤りを冒して、名目に副わないとか、支出額が実体に価しないという近視眼的評価のもとに否認することは許されない。なるほど、被告会社は、(株)新和に対する支出を起訴対象事業年度三個年全体を通じて、多額の領収書を徴し、加藤健男のいわば取切り分と被告会社に向けてのバック分との合計額となるよう操作してはいるが、だからといって全額を架空経費と認定することは明らかに誤っている。なぜなら、加藤健男のいわば取切り分を被告会社が現実に支出していることは動かし得ない事実であるから、原判決が「架空領収書作成に対する報酬である」と短絡して認定したことは事実誤認であって、これは対価の支払いであり、税務上は経費そのものにして、この見解は刑事上も正当である。この経費の額は、昭和五七事業年度分は、一、九二〇万円、昭和五八事業年度分は五、四七〇万円の計七、三九〇万円となり、これが認容されるべきものである。

そして、この理は、蕨産業についてもあてはまるものであって、この経費の額は、昭和五七年度分九七一万二、六八〇円、昭和五八事業年度分九六三万二、〇〇〇円、昭和五九事業年度分一、一一五万円の計三、〇四九万四、六八〇円となり、これが認容されるべきものである。

第五、売上除外と称されたものについて

まず、昭和五七年事業年度のいわゆる宮前物件、すなわち岩波建設より二一億一、五〇三万二、八四八円で購入したものを付加価値をつけた上で藤和不動産(株)に対し二五億六四三万八、〇〇〇円で売却した物件について、原判決は、検察官冒頭陳述の主張を採用、踏襲して、加藤建材(株)(加藤一夫)の名義を借用して行うことにより被告会社に帰属する不動産売上収入を除外したと認定しているが、これは、脱税の故意を欠き、逋脱は成立しないものである。なぜなら、本件の取引にあっては確かに加藤建材(株)の名義を借用したが(なお、加藤建材(株)が関与したのは、この宮前物件のみ)、名義借用の理由は、当時被告会社の業界内信用が薄いため、関係取引先から業界内で確固とした信用を持っていた加藤建材(株)(兄、加藤一夫)名義の借用を要求されたが故にほかならず、売却代金はすべて被告会社が同代金とは名付けられないために企画設計科名目で回収して、これを計上し公表した上、法人税を納入しており、また、この関係のいわゆる土地重課分については、表向き加藤建材(株)が取引主体であったがため、被告会社として表立って申告するに由なかったが故にほかならないからである。よって、その間に脱税の故意がなかったことは明白である。ただし、宮前物件の取引は、加藤建材(株)に対し名義借用料一、〇〇〇万円を支払って被告会社自体がその実質を遂行したものであるから、結果的には土地重課分を申告しなかったという非難は甘受せざるを得ないところである。ただし、この点についても十分その犯情を酌量されるべきである。

ところで、加藤建材(株)との取引で、関係証拠をいかに検討するも、証明されたものとは評価できない事実がある。すなわち、原判決添付別紙一の2の修正製造原価内訳書(昭和五七年事業年度)において、企画設計料として当期増減金額三、三一六万一、一〇〇円(過小計上額も通算)が計上されていて、これが公表金額より減額されているが、この金額のうち加藤建材(株)に対する架空企画設計料といわれる三、五〇〇万円が支払側の被告会社と受入側の加藤建材(株)のいずれにもその形跡がみとめられず、しかも、この認定の根拠となった検察事務官大竹利忠ほか一名作成の昭和六二年六月二二日付捜査報告書四四枚目で「証拠」として挙示する四点の書証、証拠物たる書面のいずれにも、これを認定するに足る記載は認め難いのである(記録第二分冊一九四丁表、捜査報告書)。架空とされたことが架空の疑いが極めて強いところである。

また、昭和五九年事業年度の二番町物件、すなわち宗菊次郎らより購入し、大倉事業(株)に売却した土地の件は、名実ともに新宿ビル(株)が事業主体であるから、これをも被告会社が事業主体であると認定した原判決には事実誤認があることを強く主張するものである。もとより新宿ビル(株)において計上するところであり、公表もしているところである。

なおまた、昭和五七年より昭和五九年まで毎事業年度この二番町物件に関して賃料収入があった件、すなわち昭和五六年八五万五、〇〇〇円、昭和五八年八〇万円、昭和五九年三五万円の計二〇〇万五、〇〇〇円は権利関係からして新宿ビル(株)の所得となるものであって、新宿ビル(株)において計上し、公表もしているところである。これらを被告会社の所得と認定した原判決は、新宿ビル(株)をペーパーカンパニーとまでは明言していないが、これと同視していることのなによりの証左でなくしてなんであろうか。

第六、原判決の各事業年度別の修正損益計算書、修正製造原価内訳書の再修正と脱税額計算書の修正

以上、原判決が事実誤認を冒した事項に基づき、原判決が検察官の冒頭陳述の主張を一点の齟齬、一点の疑念もなく採用した修正損益計算書、修正製造原価内訳書、脱税額計算書を事業年度別に再修正または修正すれば、末尾添付別紙のとおりである。再修正した各勘定科目については、理解の便のため欄を二段にして明示したほか、各再修正の理由を簡潔に記した「再修正の説明書」を付した次第である。なお、これら再修正を試算するにあたっては、〈1〉、前記第三記載の「昭和五七年、同五八年事業年度における期末棚卸除外と称されたもの」の主張(昭和五八年事業年度分の土地重課を含む)は、修正申告済のものであるから計上しなかった。〈2〉、前記第五記載の「売上除外と称されたもの」のうち、加藤建材(株)関係の売上に関する主張分は、結果的には土地重課を申告しなかったという非難は甘受せざるを得ないので計上しなかった。〈3〉、同社に対する架空企画設計料支払い三、五〇〇万円が証明不十分とする主張分は再修正の煩瑣を避けるため計上しなかった。〈4〉、蕨産業および(株)新和に対し支払い、被告会社にバック(還流)されずこの両者の取切り分となったものは、雑費として経費に計上した。

第三章、量刑不当の主張

原判決は、被告人に対し懲役二年六月の実刑、被告会社に対し罰金二億円に各処したが、右の量刑は、原判決が前記のとおり事実の誤認があり、その誤認が判決に影響を及ぼすことが明らかであり、犯情として当然量刑に影響を及ぼすものであるのみならず、原判決前後に生じた情状に徴し、余罪の宅地建物取引業法違反及び同種前科を考慮に容れても、なお量刑が著しく重きに失し甚だしく不当であるから、貴裁判所において直接に事実の取調べを実施され、原判決を破棄自判の上、被告人に対しては執行猶予を付され、被告会社にも御温情ある判決を賜りたい。

第一、諸税の完納

原判決が、本件の有利な事情として認定したとおり、被告人が本件の重大性を衷心より認識し、被告会社において株式会社エステートファイナンスより一パーセントの手数料及び年八パーセントの高金利を支払って三五億円を借り入れ、本件起訴対象となった三事業年度分を含め、昭和五六年度から昭和六一年度までの法人税本税、附帯税(加算税、延滞税)および地方税(都民税、事業税)合計二二億七、一九六万四、五四〇円を納付し、納付すべき税はことごとく完納し、反省の態度を十分に示しているのである。そして、右の借入金については、多額の先取り手数料、利子まで徴され、手許に残った事業資金は、一〇パーセントにも及ばず、目下右借入金の返済に汲々としている有様で、自業自得とはいえ見るに忍びないものがある。本件当時の栄華、好況はまさに一朝の夢と化し、現在の落魄もまたみるに堪えない状況である。

第二、本件査察等の実情

昭和六〇年六月、被告会社の所轄四谷税務署は、被告会社に対し調査を開始したので、被告会社、被告人は自主的、積極的に同税務署の指導を受け入れ、同年八月修正申告を行い、納付すべきものを完納した。しかるに、同年九月一八日、東京国税局は査察に着手し、告発を行い、捜査が実施された。それが苛烈を極めたものであったことは、これまでるる陳述したところから明白である。ところで、査察行政の実情は、査察着手前に誠実な修正申告をした場合には、査察に着手しないということが配慮されており、これは納税者一般に対し誠実な申告納税を期待し、修正申告を積極的に推進せしめるが故にほかならず、したがって、修正申告をした者については、告発による刑事罰を回避し、行政措置にとどめるということも配慮されているのである。にもかかわらず、国税局は、みずから右の査察行政の一般的実情を無視して、本件につき強制査察に及び、検察もこの実情を知りながら訴追に及ぶという異例の措置に出たのである。当時いわゆる地上げ屋がはびこり、非常にも巨利を得ていたところから、この際容易に査察の実を挙げ得る違反の不動産業者を選択して処罰し、不動産業界に警鐘を与えるとともに、社会一般にアピールするため、地上げ屋でもない被告人、被告会社がいわゆるスケイプゴウトされた気配が濃厚である。これは、被告人、被告会社の脱税の手口として認知されたところが前記したとおり、見る人が見ればたちどころに露見する、甚だ素朴かつ極めて稚拙なものであることは明らかであるから、右の狙いを付けるには余りにも恰好の標的であったことが肯認できるところである。いわゆる一罰百戒の実を挙げた今日、なおも被告人に実刑をもって遇する必要性は全くない。

第三、逋脱額と逋脱率

原判決は、本件逋脱額につき、検察官主張のとおり、通算して九億二、三一四万八、七〇〇円と巨額であり、逋脱率も通算して八八・三パーセントに及ぶ高率であると認定したが、右認定には、前記したところから判明したとおり事実誤認があり、本件逋脱額は右認定の二分の一以下となって、四億四、四八九万五〇〇円であり、これに加えて末尾添付別紙の諸表に計上しなかったものの控訴を考慮すればさらに減額となり、到底巨額とは断じ得ないものである。特に、査察着手前に修正申告した昭和五七年、同五八年事業年度の期末棚卸除外分、昭和五八年事業年度の土地重課とされたものの法人税本税計一億七、一一一万九、〇〇〇円とその附帯税を当時すでに完納していたことにより明らかなとおり、これは実質的な逋脱額からは控除されるべきであることが重視されなければならない。租税逋脱犯に対する量刑の重要な基準として逋脱額・逋脱率がもっぱら問題にされるが、右のごとき本件被告人に対し、実刑をもって臨む必要性に乏しいことは明らかである。また、このことが被告会社に対する罰金額に及ぼす影響も少なくない。なお、当弁護人は、貴裁判所によって逋脱額が原判決よりも下廻る認定を頂いたとしても、国に対し還付を求める等の措置に出ずる意図は全くないことを付言しておきたい。これ、いちずに被告人、被告会社が贖罪の一方法と考えているが故である。

第四、本件違反の動機について

原判決は、本件違反の動機につき、判決書八頁裏においてとかくの認定をし、被告人の非を鳴らして「特に同情の余地はなく」としているが、右認定には事実誤認がある。すなわち原判決は、まず「都心部における地価高騰とそれに伴う不動産業の好況を予測し」と言うが、かような予測は同業界の誰しもがしたところであって、被告人のみが独自に予測したところとは到底考えられない。また、「前件で失墜した信用を回復して不動産業界に生き残るための経営方針として、大手不動産業者が敬遠するような権利関係の錯綜する底地を積極的に取得してその権利関係を整理し、マンションを建設するなど付加価値をつけたうえで処分する方法を企て」と言うが、前半の信用回復と業界に生き残るための点は肯定し得るとしても、後半の経営方針の点は、事実を事実として被告人が供述したものに過ぎず、付加価値をつけて処分する方法が何故に非難されなければならないのか、その理由は到底理解できないところである。

また、「その実行に必要な資金をいわゆる裏金として確保しようと考えて脱税に及んだ」としているが、このように被告人が供述しているのは事実であるが、これは事の真相を衝いたものではない。と言うのは、事の真相は、昭和五七年六月末被告人が被告会社を新宿に移転した直後、第一勧業銀行東新宿支店長より、佐賀鍋島家が相続税納付原資にこと欠き、不動産を処分する意向なるも、権利関係が錯綜する底地が多いため、一朝一夕に処分ができないので、これを買い上げて表と裏の金を交えた資金の造成を同家のいわば家老役青柳充洸に懇願されてこれを引き受けたことに始まるものであり、本件につき査察が着手された後、同人より右経緯の秘匿をも懇願されたが故のやむを得ない供述に過ぎないのである。また、蕨産業および株式会社新和より空領収書を徴し始めた動機も右の依頼にこたえるためのものであったのである。

なお、原判決が直接判示するところではないが、考慮に容れたものと認められる点について一言触れておきたい。すなわち、原審検察官は論告において、本件動機に関し「もっぱら私利私欲に基づく」と主張している。しかしながら、これを認めるに足りる資料は、本件原審証拠の全体を通じ存在しない。世上、脱税犯につき、私腹を肥やしたとか、親密な異性を職員に擬して給料、宿舎を供していた、ひそかに貴金属を蒐集していた、あるいは裏金を株式売買に廻して巨利を得ていた、などということが往々流布されているが、本件被告人に関しては右のごとき行跡は全くなかったもので、いちずに社長を兼ねる両社の発展、ひいては職員とその家族のためを思う行動に終始していたのである。このことも十分酌量されなければならない。なおまた、右論告に関連するが、検察官は「脱税事件は、単なる法定犯にとどまらず自然犯的」と主張している。自然犯的とはいかなる意味か把握し難いが法定犯はあくまで法定犯であり、自然犯はあくまで自然犯であって、この両者をほしいままに接近せしめたり、混淆することが誤りであることは言うまでもない。

第五、結論

以上記した点に加えて、原判決が認めた被告人および被告会社に有利な情状(判決書一四頁裏)を十分考慮すれば、余罪の宅地建物取引業違反及び同種前科を考慮に容れてもなお、原判決の量刑は著しく重きに失し甚だしく不当であると言わざるを得ない。

なお、被告人は、自業自得とは言え、本件により発病し、平成元年四月五日現在、糖尿病、活動性胃潰瘍、貧血性を患い、前記のとおり本件当時の栄華、好況は一朝の夢と化し、零落を極めており、今後の生計の維持にも心痛しているところである。被告人が、今後いかなる生計の途を講ずべきかは十分思案を要するところであるが、従来からいわばうさんくさいというイメージが付きまとう実態を持つ不動産業界より手を引き、社長を兼ねた両社の解散を図り、かつて働いた建築業界に身を投ずる決心を固めている。そして、被告人には今後の累犯は全く考えられないと断言し得るところであるが、建築業界といえども累犯の可能性があるとの一抹の不安を持つ向きもあろうと思われるので、当弁護人は諸事万般につき観察と助言を引き受ける所存であることを付け加えたい。

よって、原判決を破棄自判の上被告人対する懲役刑については執行猶予を付されたく、被告会社に対しても御温情ある判決を賜りたい次第である。

別紙一の(1)

再修正損益計算書の説明

大日ビル株式会社 昭和57事業年度 (単位:円)

―――――――――――――――

〈1〉 受取手数料

原判決は、検察官冒陳のとおり、新宿ビル(株)からの公表金額40,000,000の収入を認容しながら、他方、(株)大江建築設計事務所からの収入については、「被告会社がこれを新宿ビル(株)の収入に計上するとともに、同社からの架空手数料収入を計上して、公表上の所得を調整したとして、除外額と架空計上額を通算し、過大計上額26,000,000を所得から減算する」という検察官冒陳を認容したが、これは誤りであって、この26,000,000は新宿ビル(株)に計上されるべきものであって、現に同社が計上しているのは正当である。したがって、差引修正金額は、公表金額どおり40,000,000と認定されるべきである。

〈2〉 企画設計収入

(株)大江建築設計事務所およびそのグループの(有)大総、北拓開発(株)からの収入50,000,000は新宿ビル(株)に計上済であって、これは正当であり、新宿ビルからの収入9,500,000は認容されるべきであるから、その差引40,500,000が増減金額276,067,117に加算されて316,567,117と認定されるべきであり、したがって差引修正金額47,500,000は誤りであって、これは、公表金額323,567,117より上記316,567,117を減算した7,000,000と認定されるべきである。

〈3〉 受取家賃

いわゆる二番町土地にかかる賃貸料収入855,000が新宿ビル(株)で計上済であって、これが正当であるにかかわらず、原判決は、検察官冒陳のとおり、被告会社が新宿ビル(株)名義で所有していたものと誤って認定したので、これを増減金額より減算して0とし、差引修正金額は、公表金額どおり9,250,600が正当として認定されるべきである。

〈4〉 当期製品製造原価

原判決は、検察官冒陳のとおり、公表金額1,695,161,354より209,933,900を減算して差引修正金額を1,485,227,454であると認定したが、公表金額より158,033,900を減算するのが正当であり、したがってこの差引修正金額は1,537,127,454が正当である。その理由は、再修正製造原価内訳のとおりである。すなわちまず、〈4〉-1現場管理費は、実体ある仕事をした新宿ビル(株)に対する17,000,000が正当として認容されるべきであるから、この差引修正金額は、増減金額が0となるから公表金額のとおり、18,064,120が正当として認定されるべきである。〈4〉-2支払手数料は、加藤電工(株)に対する9,000,000が認容されるべきであるから、増減金額は0となるので、差引修正金額は、公表金額のとおり31,760,000と認定されるべきである。また、〈4〉-3期首仕掛品棚卸高は、前年の昭和56年期末に計上した次の支出、すなわち新宿ビル(株)に対し現場管理費として支出した昭和56、6、16の2,000,000、同年8、8の1,500,000、同年9、24の5,000,000、(株)加藤電工に対し支払手数料として支出した昭和56、10、28の14,400,000、清流社に対し近隣対策費として支出した昭和56、9、7の3,000,000の合計25,900,000が正当として認容されるべきであるから、増減金額は69,646,000からこの25,900,000を差引いた43,746,000となるから、この仕掛品棚卸高の差引修正金額は原判決が認定した271,480,787ではなくして、これに25,900,000を加算した297,380,787と認定するのが正当である。

したがって、当期製品製造原価は、原判決の認定した検察官冒陳のように増減金額が209,933,900ではなく、これより前記現場管理費17,000,000、支払手数料9,000,000及び期首仕掛品棚卸高増減金額25,900,000の計51,900,000を差引いた158,033,900であり、したがって差引修正金額は、公表金額1,695,161,354より209,933,900を差引いた1,485,227,454ではなくして、公表金額より158,033,900を差引いた1,537,127,454が正当として認定されるべきである。

〈5〉 雑費

原判決は、検察官冒陳のとおり、公表金額14,415,449をそのまま認容しているが、これに28,912,680を加算した43,328,129が正当として認定されるべきである。この加算額28,912,680は、蕨産業に支払った外注加工費97,126,800のうちバックされなかった9,712,680と、(株)新和に支払った企画設計料84,000,000のうちバックされなかった19,200,000の合計である。

別紙一の(2)

再修正損益計算書

〈省略〉

別紙一の(3)

再修正損益計算書

〈省略〉

別紙一の(4) 修正脱税額計算書

〈省略〉

別紙二の(1)

再修正損益計算書の説明

大日ビル株式会社 昭和58事業年度 (単位:円)

―――――――――――――――

〈1〉 企画設計収入

原判決は、検察官冒陳のとおり、公表金額240,200,000より増減金額136,200,000を減算して修正金額を104,000,000と認定したが、これは誤りである。すなわち、新宿ビル(株)からの収入112,000,000と67,200,000の計179,200,000から、(株)大江建築設計事務所等からの収入で、すでに新宿ビル(株)に計上済の43,000,000を減算した136,200,000は被告会社の収入であるから、これを公表金額240,200,000から減算すべきものではない。したがって増減金額は0となるから、差引修正金額は公表金額どおりに認定されるべきである。

〈2〉 受取家賃

原判決は、検察官冒陳のとおり、公表金額3,675,539に増減金額800,000を加算し、差引修正金額を4,475,539と認定したが、これは二番町土地にかかる賃貸料であり、新宿ビル(株)で計上済であって、これが正当であるから、この加算は誤りで、差引修正金額は公表金額どおり認定されるべきである。

〈3〉 当期製品製造原価

原判決は、検察官冒陳のとおり、増減金額について外注加工費196,320,000、企画設計料224,900,000、近隣対策費58,000,000、期末仕掛品棚卸高250,000、計479,470,000を認容して公表金額726,183,851より減算し、差引修正金額を246,713,851と認定したが、外注加工費は、二番町物件の解体として(株)石村工業に支払った250,000が新宿ビル(株)の費用であるから、これを加算して196,570,000と、また企画設計料は、新宿ビル(株)に対する支払い170,000,000を認容して増減金額224,900,000より減算し、54,900,000と、近隣対策費は、新宿ビル(株)に対して支払った58,000,000を認容して増減金額は0と、期末仕掛品棚卸高は、二番町物件の解体費250,000は被告会社のそれに含まれないものであるから0と各認定し、これを合計して増減金額が251,470,000となるから、これを公表金額726,183,851より減算して474,713,851と認定されるべきである。

〈4〉 雑費

原判決は、検察官冒陳のとおり、公表金額16,488,798をそのまま認定しているが、これに64,332,000を加算した80,820,798が正当として認定されるべきである。この加算額64,332,000は、蕨産業に支払った外注加工費96,320,000のうちバックされなかった9,632,000と、(株)新和に支払った外注加工費100,000,000と企画設計料54,900,000の計154,900,000のうちバックされなかった54,700,000の合計である。

〈5〉 事業税認定額

原判決は、検察官冒陳のとおり、49,004,340をそのまま認容したが、昭和57事業年度の所得が減額したことにより事業税認定損も12,694,170の減額となり、36,310,170と認定されるべきである。

別紙二の(2)

再修正損益計算書

〈省略〉

別紙二の(3)

再修正製造原価内訳書

〈省略〉

別紙二の(4) 修正脱税額計算書

〈省略〉

別紙三の(1)

再修正損益計算書の説明

大日ビル株式会社 昭和59事業年度 (単位:円)

―――――――――――――――

〈1〉 不動産売上

原判決は、検察官冒陳のとおり、二番町の売上110,120,000を被告会社の売上と容認し、公表合計1,529,295,000に加算し、差引修正金額を1,639,415,000と認定したが、これは誤りであって、公表金額のとおりと認定すべきである。

〈2〉 企画設計収入

原判決は、検察官冒陳のとおり、新宿ビル(株)から収入102,000,000を否認し、これを公表金額117,000,000より減算したが、これは誤りであって公表金額どおり認定すべきである。

〈3〉 受取家賃

二番町の土地にかかる賃貸料350,000については、新宿ビル(株)の収入であり、現に同社が計上しているところであるから、原判決が検察官冒陳のとおり、これを公表金額10,053,287に加算して10,403,287と認容したのは誤りであって、公表金額のとおり認定すべきである。

〈4〉 不動産仕入

二番町の土地に関する宗菊次郎らに対する支払金額87,005,116は、同物件の新宿ビル(株)の仕入代金である。原判決が検察官冒陳のとおり、公表金額1,862,454,000に上記金額を含めた当期の仕入代金合計167,005,116を加算し、差引修正金額2,029,459,116と認定したのは誤りであって、逆に加算金額167,005,116より87,005,116を控除した80,000,000のみを公表金額に加算し、差引修正金額を1,942,454,000と認定すべきである。

〈5〉 当期製品製造原価

原判決が、検察官冒陳のとおり、外注加工費につき、清流社に対する35,000,000の支払いを否認したのは誤りである。したがって、これを増減金額146,500,000より控除した111,500,000を公表金額153,316,000から減算し、差引修正金額を41,816,000と認定すべきである。

また、原判決が、検察官冒陳のとおり、企画設計料につき、新宿ビル(株)に支払った410,000,000、富士開発興業(株)に支払った25,000,000、(株)加藤電工に支払った30,000,000の計465,000,000を否認し、これを公表金額470,000,000より減算し、差引修正金額を5,000,000と認定したのは誤りであって、公表金額のとおり認定すべきである。

次に、(株)加藤電工に対し支払った仲介手数料12,000,000を否認したのは誤りであって、これを認容すべきであるから公表金額どおり認定すべきである。

さらに期首仕掛品棚卸高については、二番町物件につき250,000,000が過大に計上されているので、公表金額どおり認定すべきである。

〈6〉 雑費

蕨産業に対する外注加工費支払い111,500,000のうちバックされなかった11,150,000を経費と認容すべきであるから、公表金額8,022,713にこれを加算し差引修正金額を19,172,713と認定すべきである。

〈7〉 事業税認定損

原判決は、検察官冒陳のとおり、66,695,640をそのまま認容したが、昭和58事業年度の所得が減額したことにより、事業税認定損も19,039,410減額となり、47,656,230となる。

別紙三の(2)

再修正損益計算書

〈省略〉

別紙三の(3)

再修正製造原価内訳書

〈省略〉

別紙三の(4) 修正脱税額計算書

〈省略〉

平成元年(う)第四五号

○ 控訴趣意書(第二)

被告人 大日ビル株式会社

同 加藤年男

右被告人両名に対する法人税法違反等被告事件につき、弁護人らは左記のとおり控訴の趣意を提出する。

平成元年四月二七日

右被告人両名弁護人

弁護士 中川一

同 酒井憲郎

東京高等裁判所第一刑事部 御中

目次

第一、新宿ビル株式会社との関係事実・・・・・・一五五四

一、新宿ビル株式会社の実体並びに被告会社との関係・・・・・・一五五四

二、二番町物件の取得及び売却が仮装取引でないこと・・・・・・一五五六

三、二番町物件の賃貸料収入について・・・・・・一五五九

四、いわゆるキャッチボールについて・・・・・・一五六〇

五、受取手数料収入及び企画設計料収入について・・・・・・一五六一

第二、加藤電工他に対する支払経費について・・・・・・一五六一

第三、宮前物件について・・・・・・一五六五

第四、新和、蕨に対する支払について・・・・・・一五六七

第五、棚卸除外について・・・・・・一五六八

第一、新宿ビル株式会社との関係事実について

原判決は逋脱の目的をもって被告人らが新宿ビル株式会社(以下新宿ビルという)を利用して売上収入等の除外を行ったと認定する。しかしながら新宿ビルは実体を有し、同社が宗菊次郎他の売主と真実売買契約を行ったものであり原判決は事実誤認である。

一、新宿ビルの実体並びに被告会社との関係

1、原判決は新宿ビルが実体を有することを否定するが、以下に述べるとおり新宿ビルは組織、事業、財務等全般に亘り人的、物的に確固とした実体を備えた会社であり、右の認定は相当でない。

2、新宿ビルの概要について

新宿ビルは昭和五五年一一月一五日払込済資本金九千万円で設立された。発起人は被告人、加藤一夫等七名であり、事業目的を不動産の賃貸・管理・企画等の業務とし、本店所在地を東京都新宿区新宿二丁目一三番一一号とする。

新宿ビルは、代表取締役である被告人及び取締役萩原光男等の役員の他、程塚敏明及び富田直樹等の社員により組織されている。各自の担当は、被告人および富田が営業、程塚が管理、萩原が経理である。

3、新宿ビルの事業活動について

(一)、新宿ビルは設立以来主に不動産の賃貸・管理・企画等の業務を行ってきた。先ず、賃貸業務は〈1〉参宮橋ビル(東京都渋谷区代々木四丁目四一番一二号所在)〈2〉新日三号館(東京都荒川区西日暮里二丁目二五番一一号所在)〈3〉ラインオズマンション御苑第二(東京都新宿区新宿二丁目所在)の各建物を所有し、これを賃貸して賃貸料収入を収受しているという内容である。

次に右の業務以外で主要な業績は二番町物件と余丁町物件の購入並びに売却である。二番町物件については後述するところとし、余丁町物件については以下のとおりの内容である。昭和六〇年一月新宿ビルは東桂子より東京都新宿区余丁町一〇五番の一号 宅地一、七五五平方メートルを購入した。購入資金については新宿ビル三菱信託銀行(本店)から金二〇億円の借入を行い(被告人昭62・6・17検面二三九三丁)、東桂子に支払った。その後昭和六二年四月新宿ビルは同物件を株式会社ファミリー(長谷川工務店グループ)に売却した。

(二)、新宿ビルの設立以来の売上実績は確定申告書によれば、次のとおりである。

昭和五六年度(昭和五六年四月一日より一年間。以下同じ)

売上高 金一一六、二二二、九三三円

内不動産賃貸料収入 金五、七二五、六九九円

昭和五七年度

売上高 金一三一、六三六、〇三八円

内不動産賃貸料収入 金二五、四五七、三六八円

昭和五八年度

売上高 金二九三、一六七、〇一二円

内不動産賃貸料収入 金二六、六〇五、〇一二円

昭和五九年度

売上高 金八五九、二五三、九七七円

内不動産賃貸料収入 金二六、九二八、九二二円

右のとおり、不動産賃貸料収入は売上高の一部を構成するに過ぎない。従って、新宿ビルについて不動産賃貸事業は主業務であるということではない。

二、二番町物件の取得及び売却が仮装取引でないこと

1、新宿ビルが購入した二番町物件とは、東京都千代田区二番町一〇番七、地積二一四・二三平方メートル他一筆の宅地である。新宿ビルは昭和五六年五月二九日売主宗菊次郎他より代金二千万円にて取得した(二四〇三丁、売買契約書)。

右売買契約当時、同土地上には大角春雄及び前田光雄が借地権を有し、木造平屋建建物各一棟を所有していた。大角分については、同人より被告会社が購入し(二四〇九丁、建物売買契約書)、その後新宿ビルが被告会社より買受け(二四一三丁、建物売買契約書)、前田分については同人より新宿ビルが直接購入している(二四一七丁、借地権付建物売買契約書)。

2、仮装取引についての動機が不存在であること

本件取引が仮装であるとするためには相応の契機、動機が必要と解される。しかるに原判決は右の点について格別の判断を示していないし、事実その動機をめぐる事情は見当たらない。却って新宿ビルが真実取得するに至った経緯が多数存在する。新宿ビルが二番町物件を購入するまでの経緯は次のとおりである。

被告会社は昭和五六年ごろ二番町物件に隣接する東京都千代田区二番町一一番地、宅地三九〇平方メートルを取得し、所有していた。被告会社は同土地上にマンションの建設を計画していたが、高橋、西郷ら近隣の住民がマンション建設について反対運動を起こしたため、マンション建設に着手することはおろか土地の転売すら不可能な状態となった(被告人昭62・4・17検面二三七六丁)。被告会社としては、右の物件に続いて二番町物件を追加して購入することは火に油を注ぐ結果となること必定で、同物件を購入することは断念せざるを得ぬところとなった。そこで被告会社以外の者が購入し事業を進めることを考え、新宿ビルが二番町物件を購入したうえ、新宿ビルが事業主となりマンション建設を推進することとした。

以上の経緯から二番町物件について新宿ビルが購入した目的は、同物件にマンションを建設することと、そのための近隣対策を実施することであり、原判決の認定する逋脱の意図とは全く異なるものである。よって仮装取引についての動機は一切存在しない。

3、仮装取引ではないこと

(一)、二番町物件に関する取引は新宿ビルの収支計算の下に行われたものであり、新宿ビル名義を籍口した仮装取引ではない。既に動機の認められないことについては述べたが、更に、〈1〉、本件売買契約の重要な事項の意思決定は新宿ビルによって行われたものであること、〈2〉、右物件の購入資金については新宿ビルが自ら調達していること、〈3〉、同物件の売却代金は新宿ビルが管理し、自社の利益のために運用されていること、の事情が認められる。そこで以下検討を行う。

(二)、意思決定権者について

およそ当該取引において何人が取引の主体であるかは、単なる書面上の形式及びその名義如何によってではなく、何人が売買契約の意思決定をなし得るか(具体的にいえは、売買金額、代金授受の方法、物件引渡授受の時期等、当該売買契約の重要事項の決定は何人が行うのか)を確定することによって、これを認定するのが相当である。

これを本件についてみると、二番町物件の土地(底地)については〈1〉昭和五六年三月ごろ新宿ビル代表者である被告人及び同社従業員富田が仲介人である三菱地所住販株式会社と協議を行い、売買価額を金二千万円程度とすることを予め決定し、右の資金調達を計画したこと、〈2〉後述するとおりの銀行借入については被告人及び萩原が主に担当し、第一勧業銀行(東新宿支店)と条件面の折衝をしたこと、〈3〉右の準備が整い、昭和五六年五月二九日新宿ビルの代表者である被告人及び同社の従業員である富田が売主である宗菊次郎と仲介人である三菱地所住販の村田社員の同席の下売買契約を締結し、代金二千万円を支払った。次に建物(借地権付)の中、前田分については、昭和五八年七月四日に売主である前田より代金三、六〇〇万円で買受けた。

右の契約締結については土地の場合と同様、〈1〉新宿ビルの代表取締役である被告人と同社従業員富田が契約条件等を検討したうえ購入を決定し、〈2〉同人らが新宿ビルの前記銀行の当座預金より手持資金を支払資金とし、〈3〉更に昭和五八年七月四日同人ら及び前田が立会い、契約締結するに至ったものである。更に大角分については被告会社より昭和五九年八月一〇日金一億円にて購入した。代金一億円については、大倉事業に転売した際同社より受領した売買代金の一部から被告会社に支払っている。

(三)、資金調達について

新宿ビルは昭和五六年二月ごろ二番町物件の購入資金とするため、取引銀行である第一勧業銀行(取扱い東新宿支店)に対し借入の申込みを行い、売買契約当日に金二千万円の融資の実行を受けた。なお、右借入の際新宿ビルは同銀行にある自社名義の定期預金を担保に供している(被告人昭62・6・17検面二三八〇丁)。

(四)、売却代金の管理、処分について

前述のとおり二番町物件の購入目的は、同土地を整理したうえマンションを建築することであった。新宿ビルはそのために建物の解体、整地、建物設計、近隣対策等の作業に着手した。

ところで、新宿ビルはその後に大倉事業株式会社に売却したが、その理由は、昭和五九年五月ごろに右のとおりの近隣対策が途中で挫折し、マンション建設が困難となり、止むを得ず売却する方針に転換したこと及び、右の当時大倉事業が度々新宿ビルを訪れ、同物件の売却を懇望していたことによるものである。

新宿ビルは同年五月ごろ同社と交渉を開始し、同年八月一〇日大倉事業と代金四億二千万円で売買契約を締結するに至った。

ところで右の売却代金四億二千万円について新宿ビルは、内金五、六〇〇万円を底地及び大角分の購入資金として、同一億円を被告会社に対し前記前田分の購入資金として、同六、九三九、〇〇〇円を前記三菱に対する仲介料として、更に同二億一千万円を被告会社に対する企画設計料として各支払い、残余は自社に保管した。

なお、被告会社に対する企画設計料の内容は、二番町物件についての調査、相談、仲介に基づく支払報酬である。

4、結論

以上のところから被告人には、仮装取引について動機もなく、またその認識もないのであるから、結局本件について逋脱の犯意はなく、これを肯定して犯罪の成立を認めた原判決は事実誤認である。

三、二番町物件の賃貸料収入について

二番町物件については新宿ビルが購入してのち大倉事業株式会社に譲渡するまでの三年間賃貸料収入が発生した。原判決は右の賃貸料収入についても真実は被告会社に帰属するものであって、被告人等はこれを収入より除外したと判示する。

当初新宿ビルは二番町物件について、土地(底地)の所有権を取得したが、前記大角および前田の二名が借地していて、以後両名より地代が支払われる状況にあった。年間の賃料は金八五五、〇〇〇円であり、新宿ビルは昭和五七年より受取家賃として計上してきた。

ところで、右の底地について法定果実である賃貸料が発生する場合、これが賃貸人である土地所有者に帰属することは当然の理である。また二番町物件が真実新宿ビルに帰属するものであり、被告会社が所有するものでないことについては前述したとおりである。よって原判決の認定は前提事実を異にすることになり相当でなく、事実誤認ということができる。

四、いわゆるキャッチボールということについて

1、原判決は被告会社と新宿ビル間の資金の移動についてキャッチボールと呼んだうえ逋脱行為に該当すると認定する。

しかしながら右の移動は原判決の指摘するような逋脱を目的とした利益の隠匿行為ではなく、いわば系列会社にして共同事業体である両社間における単純な利益の分配行為である。

2、新宿ビルの組織、事業等の実体については既述のとおりである。両社は役員あるいは事業内容を共通にすることから、系列会社として特定の物件について一方が契約当事者となり他がこれを支援するという、いわば共同して事業を行うことがあった。その場合、両社の貢献度に比例し、売上収入及び利益を精算する必要があった。そこで両社は、事業の途中あるいは完成後において、右の清算を目的として分配を行ったものである。従って原判決がのべるような、決算期の違いを利用した逋脱の手段とする意図は全く存在しない。

五、受取手数料収入及び企画手数料収入について

1、原判決は、株式会社大江建築設計事務所グループ(代表者大江哲也、以下大江という)からの受取手数料収入及び企画設計料収入について、被告会社の収入とせず、新宿ビルの収入として計上したのは、被告会社の売上除外行為として逋脱行為に該当すると判示する。

しかしながら右の受取手数料等は、新宿ビルと大江間の物件の調査依頼等の契約に基づきその対価として支払われたものであり、真実新宿ビルに帰属するものであり、原判決の右認定は事実誤認である。

2、被告人と大江事務所は昭和五二年ごろより、相互に助言し合う一定の提携関係にあった。大江は建物の建築設計を事業内容とし、土地に対する建物の容積、高度、構造等の専門知識に詳しいことから、新宿ビルが大江に対し、購入する土地について右の点の調査を依頼し、大江がこれに応ずることが行われた。他方新宿ビル等は大江に対し、大江が購入する土地について、立退の可能性、付加価値の見込等に関しアドバイスないし指導することを行ってきた。そのため両者間においてはいずれかが他の一方に調査、アドバイス等の依頼をし、受取手数料、企画設計料等の名目で費用、報酬を支払うということが行われてきたのである(被告人昭62・6・17検面二三九七丁)。

3、被告人は捜査段階において、右の経過とは異なる供述を行うが(被告人昭62・6・17検面二三九九丁)、同供述には信用性がなく、真実に相違するものである。

第二、加藤電工他に対する支払経費について

原判決は加藤電工、富士開発興業、及び清流社に対する支払が仮空経費に基づくものであり、逋脱の実行行為に該当すると認定する。しかしながら右各社に対する支払は、第一に真実対価関係に立つ正当な経費であり、第二に対価関係が認められないとしても経理上寄付金として正当に損金処理が可能なものであって、単に経理処理の誤りに過ぎない。加藤電工他に対する支払については逋脱の犯意を欠如し原判決は事実誤認である。

一、加藤電工に対する支払について

株式会社加藤電工は代表取締役を加藤家光とし、群馬県藤岡市小林三五一番地に本社を置き、電気工事、不動産売買、仲介等を事業内容とし、宅地建物取引業の資格(群馬県知事(五)二〇四二号)を有する会社である。同社は昭和五一年五月に設立され、一貫して右の業務を継続してきた。従業員は五〇名を数える。代表取締役加藤家光は被告人の実弟である。

被告会社の加藤電工に対する支払の経過は以下のとおりである。

〈1〉 昭和五六年一〇月二七日被告会社は加藤電工の仲介により、売主三富士観光から東京都渋谷区千駄ヶ谷三丁目二二番地一(他) 面積一、一二二・三五平方メートルの宅地(以下千駄ヶ谷物件という)を買受けた。このとき被告会社は加藤電工に対し、そのための仲介手数料として金一、四四〇万円を支払った。

〈2〉 昭和五七年三月一九日被告会社は加藤電工の仲介により、売主石神協子から東京都世田谷区宮坂二丁目二一〇四番地(他) 面積三、八〇四、三四平方メートルの宅地(以下宮坂物件という)を買受けた。同年八月六日被告会社は加藤電工に対し右物件の仲介報酬として金九〇〇万円を支払った。

〈3〉 昭和五九年一〇月二七日被告会社は加藤電工の仲介により、売主江南ハウジング株式会社から東京都中央区銀座八丁目二二番九 地積一二二・一一平方メートルの宅地(以下銀座物件という)を買受けた。このとき被告会社は加藤電工に対し、同土地上の占有者に対する立退交渉を依頼し、立退き企画コンサルタント料として金三、〇〇〇万円(八三八丁領収証、八五〇丁契約書、八五五丁契約書)を、仲介料として金一、二〇〇万円(八三九丁)を各支払った。

二、富士開発興業株式会社に対する支払について

富士開発興業株式会社(以下富士という)は藤丸末広を代表取締役とし、東京都中央区日本橋三丁目一八番に本社を置く。同社は昭和五二年に設立され、建物解体、一般土木等の業務を行ってきた。

被告会社は富士と昭和五五年ごろ知合うところとなった。被告会社としては買入れた土地の上に古家等の建物のある場合に、これを解体して更地にする必要があり、被告会社は富士に対し解体工事、整地工事等を依頼してきた。その際に、建物の占有者に対して立退等の交渉を依頼することもあった。

既に第一、三で述べたとおり被告会社は東京都千代田区二番町の宅地を購入したが、同土地上には、大角春雄子および前田光雄が借地権付建物を所有していた。そこで被告会社は富士に対し、両者との立退交渉および立退後の建物解体を依頼し、同社はこれを承諾したものである。

その後富士は右の仕事を完了し、被告会社はその報酬として昭和五九年七月二日に金一、五〇〇万円、同八月二日に金一、〇〇〇万円合計金二、五〇〇万円を支払った。なお、被告会社は右支払について企画設計料として支払計上をしている。

三、清流社に対する支払について

清流社は滑川祐二を代表者とし、本部を東京都渋谷区三丁目六番一六号に置く政治団体である。同社は昭和五二年に設置され、政治活動の他に南洋諸島で戦死した旧日本軍兵士の遺骨収集等の活動をしている。

被告会社は同社と昭和五二年ごろ東京都港区の工事の際に知合った。爾来同社が政治関係のみならず、特別の紛争処理能力のあることから被告会社の買入物件、施工工事等についての相談及び紛争処理を依頼してきた。被告会社は平常時には顧問として同社に種々の相談をした他、昭和五六年九月八日所有する渋谷区千駄ヶ谷三丁目の物件(既述のとおり被告会社が同年七月六日取得したもの)について近隣問題が発生した際、その解決方を依頼し、昭和五九年一一月二七日には銀座八丁目の物件(中央区銀座八丁目二一一番地九、宅地一二二・一一平方メートル。被告会社が同年一〇月二四日取得したもの)について立退の交渉の相談及び依頼をした。

被告会社は清流社に対し右の各報酬として、昭和五六年度には金三〇〇万円を、昭和五九年度には金三、五〇〇万円を各支払った。

なお、昭和五九年度分は昭和五七年以降三ケ年分を一括して支払ったものである。

四、以上の経過から被告会社の三社に対する支払はいずれも実体を伴なう対価関係に基因するものであり、決して架空経費ではない。これを前提として被告人らの犯行を認定する原判決は事実誤認である。

五、右に加えて弁護人は予備的に、各支払につき原因関係が認められないとしても以下に述べる理由から、被告人らに逋脱の犯意は認められないことを主張する。

右の各社に対する支払が現実に行われたことは争いないところである。ところで対価関係なく支払が行われた場合、一定の限度では正当な経費に相当するということができる。けだし申告の際に認められない経費を計上した場合であっても、他の異なる原因に基づく支払として経費性が認められる場合には損金算入することができるからである(東京審裁決・昭和四七年七月七日ないし昭和四八年六月三〇日事業年度東国裁例集第二〇の二二・国税不服審判所裁決事例集二五・六五〇五参照)。そこで弁護人は、被告会社が加藤電工他に支払った金員について、次のとおり主張する。

〈1〉 原判示のとおり本件各支払について、対価関係が希薄であるとしても、被告会社は全く業務に関連なしに各社に支払ったものではない。各社が被告会社の業務にとって有用であることは言うまでもない。被告会社としては、現在及び将来に亘り、各社が被告会社の利益追求に協力することを期待したものである。よって右の支払金は会計上交際費としての性格を帯有するところであって、損金処理が可能である。

〈2〉 法人税法上、寄付金は一定の限度で損金の額に算入される(同法三七Ⅱ)。すなわち、支払における対価関係は当然のこととして、将来の対価関係の可能性もない場合に支払われた金員については寄付金として処理することができる。原判示事実によれば加藤電工等は被告会社と何ら契約関係がなく、債務の履行を行っていないのであるから、正に右の寄付金に該当すると考えられる。被告人は本来交際費あるいは寄付金として右支払を処理すべきところ、誤って仲介手数料等として処理したものである。被告人は、はじめから不正または偽りを行う意思をもって右処理を行ったものではなく、従って、法人税を逋脱しようとする意図はないということができる。

なお、加藤電工ほか各社はいずれも右の支払金の収入について秘することなく自社の決算書及び法人税確定申告書に計上し、公表している。このことはとりも直さず、本件が単なる処理法の誤りに過ぎず被告人に逋脱の犯意のないことを充分に窺わせるところであると考えられる。

第三、宮前物件について

原判決は杉並区宮前三丁目の物件について、加藤建材名義で売買を行ったことは仮装取引に該当すると認定する。しかしながら同社名義を使用したのは、売買契約の締結のためであり、逋脱を目的としたものではない。

一、加藤建材の実体について

加藤建材株式会社は代表取締役である加藤一夫が昭和三九年三月一七日に設立し、建物内装工事及び宅地建物取引業者資格(東京都知事(三)第三三一一〇号)を有し、不動産売買、仲介等を主たる事業とする会社であり、本店を東京都北区中里一丁目三番五号に置く。同社は設立以来マンション、ビル等の内装工事、設備工事を専門とし、年間売上高も二〇億円に達する実績ある企業である。主な取引先には鹿島建設、清水建設、間組等我国の有数の建設会社があり、銀行等の金融機関からの信用も絶大であり、昭和五七年当時被告会社とは比較にならない信用性があった。

二、宮前物件の概要

宮前物件は東京都杉並区宮前三丁目五〇〇番七 地積六、三七三平方メートルに及ぶ広大な宅地である。地元の旧家である宇田川家が代々所有していたところ、昭和五六年ごろ当主が死亡し、相続税の支払を求められていた。そこで同土地を売買し、その資金とすることを考え、知合いである岩波建設株式会社に相談をしていた。岩波建設は東京都豊島区池袋に本店を置き、建設、不動産業を行う会社である。被告人はもともと同社と取引上の関係があり、同社より同物件を知るところとなった。

三、加藤建材が岩波より取得するまでの経緯について

1、岩波は被告会社に対し、宮前物件について売主である宇田川家は同地の旧家であり、土地を譲受ける者については相応の信用、事業規模が要求され、被告会社は社歴、業績、信用等の点で不適当であることを説明した。そこで右の点について十分に適格性のある加藤建材名義で同土地を購入することを考え、岩波の了承を得たものである。

以上の理由から被告会社に替って、加藤建材が買主となり、岩波建設との売買契約を進捗させることとなった。

2、昭和五二年二月一八日売主岩波と買主加藤建材は国土法に基づく土地売買等届出書(二四七一丁)を作成し、東京都に届出を行い、三月一六日即決和解(二四七七丁)の方法により所有権移転を行ったものである。

四、逋脱の犯意のないこと

1、租税の逋脱犯犯意とは、逋脱犯の構成要件を組成する客観的事実の認識であり、具体的には〈1〉納税義務すなわち、その内容をなす所得の存在についての認識、〈2〉偽りその他不正の行為に該当する事実の認識、〈3〉逋脱結果の発生の認識ということである。

本件では右のいずれについても認識を欠如するというべきである。そこで、被告人が宮前物件について加藤建材名義で取引を行ったとしても、犯意が存在するというためには逋脱を目的とした仮装行為の認識が必要である。そこで以上の事実関係に基づき、その有無が検討されなければならない。

2、前記記載の経過から被告人が宮前物件について加藤建材の名義を借用した目的は、被告会社が同物件を入手するということにある。すなわち、業績、信用ともに不足する被告会社に替わって加藤建材が買主となれば購入することが可能となることから名義借用を顧慮したものである。以上が同社名義で取引に及んだ唯一の理由である。従って被告人には逋脱の目的はなく、仮装行為にも該らない。

第四、新和、蕨に対する支払について

一、原判決は被告会社が株式会社新和および蕨産業こと坂本正実に対し外注加工費等として領収証を徴し、仮空経費を計上したと認定する。

確かに被告会社が両社に対し外注加工費等の名目で支払を行い、その一部をバックさせていたことは事実である。しかしながら、新和、蕨の手取額については、本来税務上損金処理が可能な金額であり、被告人らは右の限度内において逋脱の犯意及び実行行為を欠如するものである。

二、昭和五七年度ないし昭和五九年度間に被告会社は新和、蕨の両社に対し、合計金五四三、八四六、八〇〇円を支払い、両社は最終的に合計金一〇四、三九四、六八〇円を手取額として受領していることは争いのないところである。また、両社が受領した手取額は、経理上寄付金として損金処理が可能でり、架空経費には該当しない。

三、被告会社と両社との関係

株式会社新和は被告人の次兄にあたる加藤建男が代表取締役として、不動産の売買、仲介を主たる事業とする会社である。本店を東京都江戸川区小岩一丁目二七番二三号に置く。新和は被告会社に対し昭和五三年ごろより、土地の仲介、立退交渉等の仕事を行ってきた。

一方蕨産業は坂本正実が代表者として、建物内装工事、解体、整地等の業務を行う。営業所を荒川区西日暮里二丁目二五番一一号新日三号館に置く。被告会社は昭和四〇年代より購入した物件について残置建物の解体、整地等の相談をしてきた。結局、両社は被告会社が物件を入手、整地するについて継続して協力を行ってきたものである。

四、寄付金処理について

原因関係、対価関係が認められない場合であっても一定の場合に寄付金として正当な経費とできることについては、加藤電工他に対する支払の項で述べたとおりである。

原判決は手取り分についてまで架空経費であるとして逋脱犯の成立を認めている。しかしながら以上の理由により、手取り分に関しては何ら対価関係がないのであるから寄付金としての損金処理が可能であり、従って逋脱の犯意及び実行行為を欠如するところである。

第五、棚卸除外について

一、原判決は新宿二丁目物件等について棚卸から除外し逋脱したことを認定する。しかしながら以下に述べるとおり右物件は棚卸品には該当しないので、もともと計上する必要はないこと、更に被告人が右のとおりに認識していたことから除外する犯意がなかったことにより、犯罪とはならない。よって右認定は事実誤認である。

二、法人税法二条二一号等によれば棚卸資産とは、主に、商品または製品を指すと規定され、不動産が商品という場合には、販売の目的をもって所有する土地建物をいうと解されている。

ところで被告会社が新宿区二丁目物件等の不動産を購入した目的は、将来周辺全部を取得したうえ被告会社の本社ビルを建設するためであり、その他のマンション等については社員寮として社用に供ずるためであった。いずれにしても入手時から他に転売する意図は全く存在しない。現に被告会社は右の物件を所有し、目的のとおりに使用している。

よって同物件は棚卸高に計上することを要しない。

三、更に被告人は当然に右の認識の下に会計処理を行わせていたものであるから、ことさら棚卸高より除外する意図もなかったものである。すなわち、被告人及び萩原他の経理担当者らはいずれも棚卸品について前項のとおりの認識を持ち、会計処理を行っていたものであるから、逋脱の目的をもって収入より除外する意図は全くなかったものである。

よって棚卸除外については逋脱の犯意を欠如する。

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